東京シティ・フィルの定期演奏会に首席客演指揮者の藤岡幸夫が登場した。最近テレビでも少しお馴染みになりつつある神尾真由子を迎えて藤岡が力を入れている劇伴の旗手である菅野祐悟の新作ヴァイオリン協奏曲の初演をするというのが恐らく売りの演奏会であろうが、個人的には実は結構好きなサン=サーンスのオルガン交響曲が聴きたくて足を運んでみた。

 

2月2日(金)東京オペラシティ

ロッシーニ 歌劇「チェネレントラ」序曲

菅野祐悟 ヴァイオリン協奏曲(世界初演)(独奏:神尾真由子)

サン=サーンス 交響曲3番「オルガン付き」(オルガン:石丸由佳)

藤岡幸夫/東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団

 

最初の曲はロッシーニの歌劇「チェネレントラ」の序曲。チェネレントラは要するにシンデレラのこと。ロッシーニの歌劇「チェネレントラ」は、童話のシンデレラと違って、魔法もかぼちゃの馬車も出て来ない。むしろ合理的に話が組み立てられている。そもそも、王子様とシンデレラは元々相思相愛であり、どちらかというと、身分違いの恋をどのように成就させるかの方に主眼がある。ストーリーもよく出来ているし、音楽も素敵なので、欧州では割と上演されているようである。あまりロッシーニのオペラに注目していないので、日本でどの程度上演されているのかは知らないが、ロッシーニの序曲というと特定の曲ばかり取り上げられており、このチェネレントラ序曲はプログラムで見たことはない。藤岡は、昔から気に入っていて、英国時代によく指揮していたというが、あまり日本では指揮していないとのこと。

 

曲はいかにもロッシーニらしい小粋な序曲であるが、藤岡指揮する東京シティの演奏が素晴らしかった。編成は大きめであったが、弦楽器の密度の濃いアンサンブルが圧巻である。いつも感じるが、東京シテイはいつも定期演奏会を非常に丁寧に準備している。細部まで各奏者がしっかりと音を出していて、全く弾き流すところがない。ロッシーニにしては少し重くなっていた感もあるが、その重量級の演奏がロッシーニをシンフォニックにしており、かなり大規模な音楽を聴いたような充実感がある。きちんとしているのに躍動感があり、ロッシーニ・クレッシェンドも盛り上げ上手で、聴いていてワクワクする。全く前座感がない、実に充実した演奏であった。

 

続いて菅野祐悟のヴァイオリン協奏曲の世界初演である。プレトークで藤岡が語っていたところでは、藤岡は、NHKの大河ドラマの「軍師官兵衛」の音楽を担当した時に菅野と知り合ったとのこと(その時は日フィルを指揮したらしい)。その際に、飲み会で、藤岡が菅野に「交響曲書きたいでしょう。書いたら指揮するよ。」と持ち掛けたら、菅野にも思う所があったのか交響曲を作曲してくれたので、約束を果たして藤岡が初演を指揮したという。その成功を受けて、交響曲2番も初演したというが(どちらも録音あり)、交響曲2番を指揮した際に、前半でエルガーのチェロ協奏曲を弾いていた宮田大が交響曲2番の練習を聴いてすっかり惚れ込み、本番も客席で聴いており、チェロ協奏曲を菅野に委嘱し、涙を流しながら初演で弾いていたのだとか。須川展也もサックス協奏曲を委嘱しており、各地で演奏しているという。売れっ子作曲家は大人気である。ヴァイオリン協奏曲は神尾真由子が委嘱したものであるが、初演前ながら曲を気に入ってしまい、既に、ヴァイオリン・ソナタを委嘱したのだとか。

 

ヴァイオリン協奏曲は、ジョン・キーツの手紙集を読んだ菅野がインスピレーションを得て作曲したという。恋に人間が狂っていくという感情をヴァイオリン協奏曲にしたという。もっとも、藤岡は、神尾が弾くと、自分が恋に狂っていくというよりは、相手を手のひらの上で転がして狂わせていくような感じだとコメントしていた。技巧的なヴァイオリン協奏曲というよりは、旋律楽器としてヴァイオリンを使った作品とのこと。

 

神尾は黒いドレスで登場。実は神尾を実演で聴くのは初めてである。テレビに登場したのは何度か接しているが、正直にいうと、上手なのかもしれないが、全体的にいい意味でも悪い意味でも力強く、少し弾き方がきつく、荒っぽいなという印象を持っていた。実演では、想像していたよりも音がよく伸び、オーケストラの中からクリアに音が浮かび上がっていて、しっかりと聴きとることができたのが印象的であった。ただ、今回の演奏も、音が少しきつく、思い切りがよい鋭く凛とした演奏ではあるが、繊細さには今一つ欠けるところがあり、やはり少し荒っぽく感じられるところがあった。

 

菅野のヴァイオリン協奏曲は、確かに、ヴァイオリンの技巧にフューチャーしたものではなく、旋律楽器としてヴァイオリンを使っていて、高音でも低音でも、ヴァイオリンに徹底的に歌わせていて、それを妙に色彩感のある管弦楽が盛り立てるというもの。劇伴の作曲家らしい、聴きやすい音楽ではあるが、音楽がどこに向かっているのか、何をしたいのかは、少なくとも1回聴いただけではよく分からない。瞬間瞬間の美しさには才能を感じるところではあるが。管弦楽もピアノや多数の打楽器を動員していて、かなり凝った音響を目指しているように感じられた。そうしたキラキラした管弦楽の音の波の上を、神尾の凛とした独奏が浮かび上がるというのはよく作り込まれた作品というべきなのだろう。

 

ただ、どうも菅野の「クラシック」作品全般についていえるのは(交響曲の録音は聴いてみたし、サックス協奏曲も聴いたが)、美しいのだろうが、あまり好みではない。弾いていると気持ちいいのだろうなとは思うが、あまり聴いていて面白いと思わないのである。テイストが合わないのだろう。今回のヴァイオリン協奏曲も残念ながらあまり強い感銘を受けるものではなかった。終演後は菅野も客席から舞台に上がって拍手を受けていた。独奏者のアンコールはなし。

 

後半はサン=サーンスの交響曲3番「オルガン付き」である。オルガンを効果的に使った派手な曲であり、結構好きな曲である。この種の曲だと、藤岡であれば快演をしてくれるのではないかと期待をしていたが、これは掛け値なく名演であった。冒頭から少しゆったりとしたテンポでじっくりと歌い込むが、堂々たる足取りで弛緩したところがない。弦楽器の密度の濃い音色も重厚感を出す。その後速いパッセージが始まっても、音の粒がきちんと揃っており、鉄壁のアンサンブルが凄い。これほど折り目正しく、弾き流すところがなく、真摯に演奏されたサン=サーンスの「オルガン付き」も珍しいだろう。ダイナミックスも藤岡の指揮の下で実に自然に付けられており、音楽の流れが非常に良い。躍動感に満ちた1楽章の前半が終わると、オルガンが入ってくる静かな1楽章の後半部分が始まる。オルガンは石丸由佳であるが、黒の舞台衣装のオーケストラに対し、遠目には少し緑っぽいドレスを着て、オーケストラの上方に座っているので、かなり目立つ。東京オペラシティはホールの大きさがそこまで大きくないので、オーケストラの音圧もかなりくっきりと感じることができるが、オルガンの音もクリアによく聴こえる。案外、サン=サーンスの「オルガン付き」を演奏するには丁度良いサイズのホールなのかもしれない。オルガンの通奏低音にのって弦楽器がハーモニーを奏でるところの美しさは格別であり、実は1楽章の後半がこの曲のキモなのではないかとすら思われた。

 

2楽章は冒頭からテンションが高い。粒度の細かさ、アンサンブルの良さは相変わらずだが、少し開放的な雰囲気も漂う。藤岡が巧みにオーケストラをドライブして進めていくので音楽が躍動する。そして2楽章の後半でようやくパワー全開のオルガンが入ってくる。石丸はかなり豪快にオペラシティのオルガンを鳴らしていた。オルガンはあまり攻めた感じではなく、きちんと縦の線を合わせてオーケストラの一部として機能させていたが、もう少し攻めても良かったのではないかと思わされるところもあった。むしろオルガンが入ってきてからのオーケストラの発奮が凄く、豪快に鳴らしまくっていた。弦楽器も、しなやかな音色でぐいぐい進んでいく。最後までオルガンとオーケストラが一丸となって突き進んだ熱演であったが、最後の音は少し伸ばしめであったが、そこまで引っ張ることなく終わった。

 

サン=サーンスの「オルガン付き」は演奏機会も少なくはないし、録音も多いが、なかなかこれぞという演奏・録音に出会うことがない。録音で比較的気に入っているのは、作曲家でもあるデュルフレがオルガンを担当しているプレートル/パリ音楽院管の演奏で、結構、オーケストラが音を間違えたりしているのだが、デュルフレのオルガンがいかにもフランスの教会のオルガンという独特の音色で攻めているのと、何よりもオーケストラの勢いが凄い。もう一つは今絶好調のロトの録音である。今回の藤岡の演奏は、これまで聴いた実演では最も満足したし、録音を含めても、実演の方がオルガンの迫力が感じられるという曲の性質もあるだろうが、かなり上位に入る素晴らしい演奏であると感じた。テレビ収録をしていたが、録音も出ないだろうか。

 

藤岡と東京シティ・フィルの組み合わせは絶好調であり、今後にも期待したい。