クリスチャン以外にも読んでもらいたい聖書物語 -9ページ目

クリスチャン以外にも読んでもらいたい聖書物語

世界には多くのクリスチャンがおられます。様々な教会があり、様々な聖書解釈があります。これから描いていく聖書物語は、人間から見た聖書解釈ではなく、あくまでも神様の目的や視点から見た聖書解釈であり、そこから知り得た人間の責任について書き綴っていきます。

 

 

 

更にイエスはたとえで語られた。もし下層部摂理が崩れたらどんな結末になるかを教えるためだ。
聖書マタイによる福音書 21:33
 もう一つの譬を聞きなさい。ある所に、ひとりの家の主人がいたが、ぶどう園を造り、かきをめぐらし、その中に酒ぶねの穴を掘り、やぐらを立て、それを農夫たちに貸して、旅に出かけた。収穫の季節がきたので、その分け前を受け取ろうとして、僕たちを農夫のところへ送った。すると、農夫たちは、その僕たちをつかまえて、ひとりを袋だたきにし、ひとりを殺し、もうひとりを石で打ち殺した。また別に、前よりも多くの僕たちを送ったが、彼らをも同じようにあしらった。 しかし、最後に、わたしの子は敬ってくれるだろうと思って、主人はその子を彼らの所につかわした。すると農夫たちは、その子を見て互に言った、『あれはあと取りだ。さあ、これを殺して、その財産を手に入れよう』。そして彼をつかまえて、ぶどう園の外に引き出して殺した。このぶどう園の主人が帰ってきたら、この農夫たちをどうするだろうか」。彼らはイエスに言った、「悪人どもを、皆殺しにして、季節ごとに収穫を納めるほかの農夫たちに、そのぶどう園を貸し与えるでしょう」。イエスは彼らに言われた、「あなたがたは、聖書でまだ読んだことがないのか、『家造りらの捨てた石が/隅のかしら石になった。これは主がなされたことで、わたしたちの目には不思議に見える』。それだから、あなたがたに言うが、神の国はあなたがたから取り上げられて、御国にふさわしい実を結ぶような異邦人に与えられるであろう。

家の主人はもちろん神様であり、農夫はイスラエル民族を意味している。ぶどう園は選民としての資格を意味し、農夫に殺された僕達は預言者を意味している。預言者はイエスの準備のために遣わされたがイスラエルは受け入れず多くの預言者を殺してきた。最後に遣わされた子とは、言うまでもなく神の子つまりイエスを指している。農夫が子を殺したというたとえは、下層部も受け入れず失敗した場合には、イエスが殺されるということを意味している。
「彼らはイエスに言った。『悪人どもを、皆殺しにして、季節ごとに収穫を納めるほかの農夫たちに、そのぶどう園を貸し与えてるでしょう。』。」
イエスを殺した後、イスラエル民族は皆殺しの運命を辿るということ、そして選民は資格は剥奪され、イスラエル民族以外に摂理は移行してしまうということを教えている。
イエスは次のようにも明言された。
聖書マタイによる福音書 23:37
 ああ、エルサレム、エルサレム、預言者たちを殺し、おまえにつかわされた人たちを石で打ち殺す者よ。ちょうど、めんどりが翼の下にそのひなを集めるように、わたしはおまえの子らを幾たび集めようとしたことであろう。それだのに、おまえたちは応じようとしなかった。見よ、おまえたちの家は見捨てられてしまう。

聖書ルよる福音書 19:40
 答えて言われた、「あなたがたに言うが、もしこの人たちが黙れば、石が叫ぶであろう」。いよいよ都の近くにきて、それが見えたとき、そのために泣いて言われた、「もしおまえも、この日に、平和をもたらす道を知ってさえいたら………しかし、それは今おまえの目に隠されている。いつかは、敵が周囲に塁を築き、おまえを取りかこんで、四方から押し迫り、おまえとその内にいる子らとを地に打ち倒し、城内の一つの石も他の石の上に残して置かない日が来るであろう。それは、おまえが神のおとずれの時を知らないでいたからである」。

イエスを殺した後にエルサレムがどのような運命を辿るかを示している。
ヤコブ以来選民はイスラエル民族に限定されてきた。根源唯一の法則が教えているように、究極の根源は一つでなければならない。イスラエルの民がどんなに増えようとその根はヤコブ一人から始まっている。つまりヤコブ以外に神様の摂理を担当できる者はいないのだ。2000年の歴史の中でイスラエルは多くの反逆と罪を犯した。
預言者を殺した。それでもその犯罪は僕のレベルの罪であり、HOWの失敗だった。HOWは別の道を選んだとしても最終目的が変わらなければトライアングルは完成できる。
しかしイエスを殺せば目的自体が破壊されトライアングルそのものが破壊される。イエスを殺すことは過去の如何なる罪悪よりも多いな罪である取り返す道がないことになる。このようにイエスは多くのたとえで知的教育を試みた。
つづく

ここまで読んで下さりありがとうございます。なにか意見感想などございましたらぜひコメントお願いします。今から2000年も前のイエスの言葉が現在の私達の心を震わせます。多くの預言者や宗教家が登場しましたが、イエスほど神様の真意を理解した方はおられません。私達人間は神様の深い愛情によってこの世に誕生しました。その神様の心の真意を理解するには、神の一人子であるイエスの言葉に学ぶことが重要であると思います。未だに世界中から殺人や戦争が絶えないのは、私達人類が神様の愛情を見失ってしまったからではないでしょうか?それでも私は日本人の心には神様の愛情が失われていないことを確信します。世界中の人が日本人の争いを好まない姿勢、利他のことをまず考える行動、団結心、助け合いの精神に驚愕している事実があるからです。この日本人が本来持っている助け合いの精神を神様の心に繋げるための活動をしています。聖書は単なるキリスト教の教えに留まらず、日本人の、いや全人類にとって人生の哲学書としての役割があります。私達が生まれてきた意味、人生の目的、生きる意義を聖書全般を通して教えて下さっています。これからも神様の人間に対する期待と願いを一緒に学んでいきたいと思いますのでよろしくお願いします。