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「人は、何のために生きるのだろう?」

「自分だけの幸せ」ではなく、「誰かの幸せを自分の喜びにする生き方」にあるのではないか。
我欲ではなく、愛情を中心に生きる。
そんな生き方を、歴史や社会、身近な出来事、そして人生の「なぜ?」を通して、皆さんと一緒に考えていきたいと思っています。

 

第六章 悲劇の始まり

事は神様の思い通りには進まなかった。

 

ルシファーは智恵の限りを尽くしてエバに近づき、蛇のような執念

 

を持って誘惑した。

 

エバの耳には、いつしか神様の言葉が遠くなり、徐々に聞こえなく

 

なっていった。

 

ルシファーの姿は見るからに美しかった。ルシファーと一体となれ

 

ば神様のように智恵深く賢くなれると信じるようになった。

 

知的に混沌としたエバは、もはや神様の言葉とルシファーの言葉を

 

聞き分けることができなくなっていた。

 

ルシファーの情的誘惑にも抵抗できなくなっていた。

 

そして神様から離れれば死ぬとまで警告された戒めも、今や何の影

 

響力も持たなくなっていた。

 

エバはルシファーと結婚できるなら死んでも良いとまで決意するよ

 

うになっていた。

 

ルシファーはこの時とばかり、一気にエバに迫った。

 

このようにしてエバはルシファーの妻となった。今やエバはルシ

 

ファーの所有となった。更にルシファーはエバを使ってアダムに誘

 

惑の罠をかけた。

 

そしてアダムもまた神様を捨て、ルシファーの罠に落ちてしまっ

 

た。

 

この時からアダムとエバは裸を恥じるようになった。そしてイチジ

 

クの葉で腰を隠した。

 

親子の法則を満たすために最も重要な男女の性は最も汚れたものの

 

代名詞のように扱われるようになった。

 

こうして古今の聖職者は性を最も卑しいものと見るようになった。

 

人間は責任を果たせなかった。ここから全ての悲劇が始まった。

 

神様と一体となるべき人間は、反逆のルシファーと一体となってし

 

まった。

 

神様の目的に従って結婚すべき人間は、反逆のルシファーの下で悪

 

の結婚をしてしまった。

 

神様の位置に立って、僕のルシファーを治めるべきであったアダム

 

は、逆に僕に支配されてしまった。

 

このようにして、三大責任は反逆のルシファーを中心として悪の三

 

大責任を成就することになり、悲劇の歴史の幕は切って落とされ

 

た。

 

この宇宙の根源は唯一ではなくなった。

 

反逆のルシファーは神様に敵対するもう一つの神となった。

 

聖書に登場するサタンとは、この反逆のルシファーを指している。

 

霊界には神様の所有権の及ばない地獄が発生した。

 

その主人は反逆のルシファーである。

 

ねたみと嫉妬に狂い神様に反逆したルシファーを悪魔と呼ぶ。

 

悪魔の特徴はまやかしの真理を駆使することにある。いわゆる、ウ

 

ソは悪魔から始まった。悪魔はエバにたくみに近づき、神様の言葉

 

と思わせながら、神様から遠ざけた。

 

悪魔の特徴は歪んだ愛である。

 

神様からの愛を嫉妬に変え、神様の目的を無視して、こともあろう

 

に人の妻を横取りした。不倫の愛の始まりであり、聖なる性が忌む

 

べき性となった始まりである。

 

悪魔は仕えるべき人間を支配し、仕えるべき神様に反逆し、秩序を

 

破壊した。

 

下剋上の始まりであり、闘争の始まりである。

 

このようにして全ての悪は悪魔から始まった。

 

ウソ、嫉妬、ねたみ、不倫の愛、闘争、下剋上の起源は悪魔であ

 

る。

 

悪魔を偽りの親として生み増えた全ての人類は、生まれながらに悪

 

魔に似ることとなった。

 

このようにして無秩序と闘争の歴史が始まった。

 

この世において真理に反して生き、ねたみと嫉妬と不倫にまみれ、

 

闘争に明け暮れた生涯を送った者は、死後霊界において、悪魔が支

 

配する地獄に落ちることが運命づけられた。

 

悪魔発生の責任は悪魔にはない。あくまでも人間の責任である。

 

窮地に追い込まれた神様になすすべはあるのだろうか。

 

つづく