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「人は、何のために生きるのだろう?」

「自分だけの幸せ」ではなく、「誰かの幸せを自分の喜びにする生き方」にあるのではないか。
我欲ではなく、愛情を中心に生きる。
そんな生き方を、歴史や社会、身近な出来事、そして人生の「なぜ?」を通して、皆さんと一緒に考えていきたいと思っています。

 

 

神様はイスラエルに神の伝統を示された。

まず、根源唯一の法則に基づいて神は一つしかないと教えられた。

悪魔の世界では多神教である。神々を信じている。神というがその

実、物を拝んでいる。WHYとHOWがひっくり返ったままの状態で

ある。イスラエルは神様以外を神としてはならないと教えられた。

当然、偶像崇拝禁止である。偶像は物を神とするものだ。

次に男女の秩序を守るように厳命された。男と女が存在するように

なったのは人間が決めたことではない。神様に目的があって決めら

れたことである。結婚にも明確な目的があった。しかし人間は神様

を無視してルシファーに誘惑され勝手な結婚をしてしまった。その

時以来、神様は結婚という言葉に失望するようになった。ゆえにイ

スラエルの民は他の民族のようにいい加減な男女関係を結んではな

らないと教えられた。

更に全ての栄光は神に帰すべきだと教えられた。人間は自分の父が

誰であるかを見失った。その結果人間が不幸になっただけではな

い。一番大きな被害を受けたのは神様ご自身だった。深い愛が喜び

の根拠ではなく、悲しみの根拠となってしまった。親は子供に愛情

を注ぎ全てを与えたいと願う。しかしその心が子供に通じない時、

心には寂しさと絶望感が襲う。人はまず神様に親孝行せずして決し

て自分の子供から親孝行されることなどあり得ないのだ。

更に悪魔が嫉妬心、ねたみ、復讐心、不倫の性、不平、不満、不

正、ウソ、暴力、憎しみ・・・。

とにかくあらゆる邪悪をもって襲いかかることを前もって説明され

た。

このようにして神様と悪魔は新たな段階の所有権争いに突入するこ

とになった。

アダムトライアングルの崩壊から約2000年を経過した時のこと

であった。

つづく