預言者ダニエルは神様の指示により壮大な予言を残した。
聖書ダニエル書 9:21~27
すなわちわたしが祈の言葉を述べていたとき、わたしが初めに幻のうちに見た、かの人ガブリエルは、すみやかに飛んできて、夕の供え物をささげるころ、わたしに近づき、わたしに告げて言った、「ダニエルよ、わたしは今あなたに、知恵と悟りを与えるためにきました。 あなたが祈を始めたとき、み言葉が出たので、それをあなたに告げるためにきたのです。あなたは大いに愛せられている者です。ゆえに、このみ言葉を考えて、この幻を悟りなさい。 あなたの民と、あなたの聖なる町については、七十週が定められています。これはとがを終らせ、罪に終りを告げ、不義をあがない、永遠の義をもたらし、幻と預言者を封じ、いと聖なる者に油を注ぐためです。それゆえ、エルサレムを建て直せという命令が出てから、メシヤなるひとりの君が来るまで、七週と六十二週あることを知り、かつ悟りなさい。その間に、しかも不安な時代に、エルサレムは広場と街路とをもって、建て直されるでしょう。その六十二週の後にメシヤは断たれるでしょう。ただし自分のためにではありません。またきたるべき君の民は、町と聖所とを滅ぼすでしょう。その終りは洪水のように臨むでしょう。そしてその終りまで戦争が続き、荒廃は定められています。彼は一週の間多くの者と、堅く契約を結ぶでしょう。そして彼はその週の半ばに、犠牲と供え物とを廃するでしょう。また荒す者が憎むべき者の翼に乗って来るでしょう。こうしてついにその定まった終りが、その荒す者の上に注がれるのです」。
聖書の解釈に一日一年説がある。一日を一年として解釈するものである。70週は70✕7で490日であり、一日一年説に従えば490年となる。それゆえ、エルサレムを立て直せという命令が出てから、メシヤなるひとりの君が来るまで、7週と62週であることを知り、かつ悟りなさい。その間に、しかも不安な時代に、エルサレムは広場と街路とをもって、建て直されるでしょう。
エルサレム再建命令はBC457年にクロス王によって出された。この年から神様の子イエスが来るまでは69週つまり483年(69✕7)となる。計算するとAD26年となる。この年はイエスがメシヤを名乗って公生涯を出発した年である。
一年の誤差もない完璧な予言である。
①には、公生涯は出発するがイエスは殺される運命を辿ると予言されている。
②には、残りの一週間つまり7年は多くの人と堅く契約を結ぶための期間として定められていることを示している。これはイエスがこの7年の間に多くの弟子を確立して調和完成を成し遂げるだろうということを示している。
〝そして彼はその週の半ばに、犠牲と供え物とを廃するでしょう。”
週の半ばとは弟子を確立をするための7年の半ばつまり3.5年をさす。「犠牲と供え物とを廃するでしょう」とは、イエスの十字架の死を指している。イエスの十字架以前はモーセの律法中心の時代であり神様に対する忠誠は犠牲と供え物で現された。しかしそれ以降はイエスの愛を中心に摂理が進められるようになった。つまり犠牲と供え物は廃止されたことになる。ヤコブはイサクから祝福を受けてWHY代表の位置に立った時エサウに殺されそうになった。その後7年を3倍した21年をかけて使命完成、調和完成、敬慕完成を成し遂げた。しかし初めからエサウが歓迎していれば初めの7年でよかったのだ。
7年で三大責任を成し遂げる場合は7年を半分にして3.5年にするということが分かる。つまり出発の時点の真事権確立自体が使命完成となり、次の3.5年が調和完成の期間となり、残りの3.5年が敬慕完成の期間となることを示唆している。このように3.5年もまた神様の摂理を理解するための重要な単位となる。詳しくは折に触れて説明する。
つづく
