「人は、何のために生きるのだろう?」 -25ページ目

「人は、何のために生きるのだろう?」

「自分だけの幸せ」ではなく、「誰かの幸せを自分の喜びにする生き方」にあるのではないか。
我欲ではなく、愛情を中心に生きる。
そんな生き方を、歴史や社会、身近な出来事、そして人生の「なぜ?」を通して、皆さんと一緒に考えていきたいと思っています。

 

 

 

悪魔はヘロデのプライドに既にけしかけていた。
星に導かれてイエスを訪ねてきた東方の博士をヘロデは呼び寄せて言った。
「イスラエルの王が誕生したのか。」
彼らは答えた。
「はい、天使が教えてくれました。私達はそのお方に会いたい一心で、星に導かれてここまで来ました。」
ヘロデは言った。
「私もそのような方を拝みに行きたい。分かったら教えてくれ。」
ヘロデは居場所を突き止め、成長する前に殺そうと考えていた。モーセを殺そうとしたファラオの再現だった。しかし東方の博士は、貧しい馬小屋の飼い葉桶に眠っているイエスに、黄金、乳香、没薬などの贈り物を届けそのまま帰って行った。
ヘロデは大いに怒り祭司長や律法学者を呼び寄せて言った。
「神の子は一体どこに生まれるのか。」
彼らは答えた。
「それはベツレヘムです。聖書に予言されています。」
ヘロデは言った。
「ベツレヘム周辺2歳以下の子供は皆殺してしまえ。そうすればその中に神の子も含まれるだろう。」
ヘロデの兵士は指示されたように実行した。
しかしイエスは、ヨセフとマリアに連れられてエジプトに避難していた。
ヘロデが死んだ後、再びイスラエルの地ナザレへと移動した。
ミカエルは言った。
「ご主人様、正真正銘の真剣勝負の摂理だけに心が落ち着きません。私は長い間に、あなたから教えていただきましたので、あなたのご計画がどのように進んでいるか理解しているつもりです。いつも最初のトライアングルは上層部からです。ヤコブから約2000年をかけて、イスラエル選民の準備はできました。上層部を代表するHOWの責任者、つまりかつてのルシファーの位置はバプテスマのヨハネとなりました。そしてあなたの最愛の子イエスもWHY代表としてどんどん成長しています。バプテスマのヨハネはヤコブトライアングルの結果の位置におけるHOW99の位置に立っています。従って既に確立していたアブラハム、イサク、ヤコブの勝利による使命完成と2000年かけて版図が民族レベルまで拡大された調和完成の基盤の上でバプテスマのヨハネは登場したことになります。当然その全てをザカリヤトライアングルで相続しなければなりません。ザカリヤは正しい人であり神様に仕えるにあたって主の戒めと定めとを落ち度なく行っていました。ザカリヤは、アブラハムの真事権を相続し真事権を確立していました。更にエリサベツの母子協調の公式に従った支援で、バプテスマのヨハネは過去の権限を全て相続したことになります。今回バプテスマのヨハネの使命は、HOWゼロ位置から全てを引き継いだHOW99責任者として、如何にWHY代表の位置にあるイエスと一体となるかに尽きることになります。ご主人様、イエス自身は既にあなたとに一体化による使命完成はできているのでしょうか。」
神様は答えて言われた。
「イエスは生まれる前から私に100%所有権のある私の唯一の子だ。私と完全に一体だ。悪魔は何の手出しもできない。しかし人間の本来果たすべき責任という観点から言えばイエスはまだ成長途上だ。使命完成はまだ完了していない。
いい機会だ。その点について説明しよう。前の話を繰り返そう。エバは自らの意志でルシファーに嫁いだ。その時点でエバはルシファーのものとなった。嫁ぐということは所有権の移行を意味している。次にアダムはエバに惹かれて肉体関係を結んだ。これは養子に行ったことになる。この時点でルシファーに所有権のある偽りの父と母が誕生したことになる。この二人から生まれ出た人類は全て悪魔の子となり蛇の子となってしまった。つまり胎内にいる時から既に悪魔のものなのだ。このように生まれた瞬間から、言い換えれば、何の良いことも悪いこともしないうちから悪魔に所有権があることを原罪があるという。存在そのものが既に悪魔に属しているということだ。最初アダムとエバが生まれた時、当然原罪はなかった。しかしアダムとエバが間違った結婚をして生まれてきた全ての人間は悪魔のものだ。今まで私が一番苦労したのは、どうすれば原則に違反せず、原罪のない子を生み出すかだった。イエスは、その原則を完全に満たして生まれた原罪のない完璧な私の子なのだ。原罪の世界から原罪のない子を生み出すには秘密がある。それは時を見て説明しよう。
さて原罪がない子として生まれたからと言ってすぐ完成ではない。生まれてから果たすべき三大責任があった。イエスも同じだ。イエスは原罪とは無関係だが、果たすべき責任は残っている。第一の使命完成は私との一体化である。イエスは成長と同時に智恵は磨かれ、豊かな愛はますます深くなり、威厳を伴うようになってきた。」
イエスはもう12歳になった。神の子だからと言って何も変わりはしない。人並みに親に甘えたかった。しかしヨセフは本当の父ではなかった。イエスは幼い頃から親に甘えることはできなかった。
イエスは言われた。
「空の鳥には心休まる巣があり狐には洞穴がある。しかし私には枕するところもない。」
イエスには家族でさえ心休まる場所ではなかった。
つづく