ヨハネの福音書 21:14
イエスが死人の中からよみがえったのち、弟子たちにあらわれたのは、これで既に三度目である。彼らが食事をすませると、イエスはシモン・ペテロに言われた、「ヨハネの子シモンよ、あなたはこの人たちが愛する以上に、わたしを愛するか」。ペテロは言った、「主よ、そうです。わたしがあなたを愛することは、あなたがご存じです」。イエスは彼に「わたしの小羊を養いなさい」と言われた。またもう一度彼に言われた、「ヨハネの子シモンよ、わたしを愛するか」。彼はイエスに言った、「主よ、そうです。わたしがあなたを愛することは、あなたがご存じです」。イエスは彼に言われた、「わたしの羊を飼いなさい」。イエスは三度目に言われた、「ヨハネの子シモンよ、わたしを愛するか」。ペテロは「わたしを愛するか」とイエスが三度も言われたので、心をいためてイエスに言った、「主よ、あなたはすべてをご存じです。わたしがあなたを愛していることは、おわかりになっています」。イエスは彼に言われた、「わたしの羊を養いなさい。よくよくあなたに言っておく。あなたが若かった時には、自分で帯をしめて、思いのままに歩きまわっていた。しかし年をとってからは、自分の手をのばすことになろう。そして、ほかの人があなたに帯を結びつけ、行きたくない所へ連れて行くであろう」。
イエスを三度否認して裏切ったペテロは、新たな三度の誓で復活したペテロとして新しい人生を出発した。
イエスはこの時、ペテロがどの様な死に方をするかを予言された。霊体イエスは弟子達に新たな出発のためにガリラヤの山に集まるように指示された。
マタイによる福音書 28:16
さて、十一人の弟子たちはガリラヤに行って、イエスが彼らに行くように命じられた山に登った。そして、イエスに会って拝した。しかし、疑う者もいた。イエスは彼らに近づいてきて言われた、「わたしは、天においても地においても、いっさいの権威を授けられた。それゆえに、あなたがたは行って、すべての国民を弟子として、父と子と聖霊との名によって、彼らにバプテスマを施し、あなたがたに命じておいたいっさいのことを守るように教えよ。見よ、わたしは世の終りまで、いつもあなたがたと共にいるのである」。
異邦摂理における復活イエストライアングルの出発の指示であった。イエスは霊体でのみ確立した。アダムのあばら骨からエバを迎えたように、イエスのあばら骨から一人の女性を妻として迎えようとしても肉体のない女性しか得ることができない。イエスに肉体がないからだ。神様がイエスに与えた肉体のない妻が聖霊である。ここに人類は神様に所有権のある霊的父と霊的母を持つことができるようになった。「全ての国民を弟子とせよ」という宣言は異邦摂理の版図が初めから世界的版図を目指していることを示す。
世の終わりの意味は宇宙の崩壊ではなく悪魔の世界が終わりを告げることを意味する。つまり第三回目の神の子の出現の時を指している。
弟子の確立で霊的調和完成も成就した。復活から40日でイエスは聖霊の降臨を約束して昇天された。それから十日後の五旬節(50日目)に聖霊が激しく降臨した。
使徒行伝 2:1
五旬節の日がきて、みんなの者が一緒に集まっていると、激しい風が吹いてきたような音が天から起ってきて、一同がすわっていた家いっぱいに響きわたった。また、舌のようなものが、炎のように分れて現れ、ひとりびとりの上にとどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、御霊が語らせるままに、いろいろの他国の言葉で語り出した。
この時以降、聖霊の作用が全地におこり、多くのクリスチャンが誕生することになる。再決意した弟子達と異邦摂理で生まれたクリスチャン達は、猛獣に食われようと十字架で殺されようと火あぶりに遭おうと、イエスに対する決意が揺らぐことはなかった。このようにして敬慕完成が成就した。
復活イエストライアングルの勝利はヤコブ家庭トライアングルの勝利に該当する。版図拡大摂理がその後約2000年にわたって展開されることになる。
イエス殺害をもって、選民はユダヤ人からクリスチャンに移行した。当然舞台はカナンの地から異邦の地へと移動する。その移動先は悪魔の中心地、世界的大帝国のローマだった。
つづく
ここまで読んで下さりありがとうございます。なにか意見感想などございましたらぜひコメントお願いします。今から2000年も前のイエスの言葉が現在の私達の心を震わせます。多くの預言者や宗教家が登場しましたが、イエスほど神様の真意を理解した方はおられません。私達人間は神様の深い愛情によってこの世に誕生しました。その神様の心の真意を理解するには、神の一人子であるイエスの言葉に学ぶことが重要であると思います。未だに世界中から殺人や戦争が絶えないのは、私達人類が神様の愛情を見失ってしまったからではないでしょうか?それでも私は日本人の心には神様の愛情が失われていないことを確信します。世界中の人が日本人の争いを好まない姿勢、利他のことをまず考える行動、団結心、助け合いの精神に驚愕している事実があるからです。この日本人が本来持っている助け合いの精神を神様の心に繋げるための活動をしています。聖書は単なるキリスト教の教えに留まらず、日本人の、いや全人類にとって人生の哲学書としての役割があります。私達が生まれてきた意味、人生の目的、生きる意義を聖書全般を通して教えて下さっています。これからも神様の人間に対する期待と願いを一緒に学んでいきたいと思いますのでよろしくお願いします。
