今日はスポーツ関係のお話。
サッカーやバスケをする時、ヨーロッパ、北南アメリカ人から見るとアジア人は蔑視の対象になることがよくあります。
これは実際に体験したことのあることですが、例えばサッカーをしているとき、
「日本人ってサッカーなんかできんの?」とかちょっとトラップミスとかしただけで「サッカーのやり方知ってる?」とかおちょくってきます。
更には「チーナ(中国人)」って連呼する意味わからん嫌がらせとか、なんせ汚い言葉を叫びまくる、スパイクでスライディングなどひどいファールをするなど、まぁおよそスポーツマンとしては最低なことをされることもありました。
バスケでも似たようなもので、はじめは全然パスをくれなかったり、理不尽な注文を押し付けられたりしました。
ここまでは固定観念にまみれた、差別的要素の強い一面です。
でも、ここからが本題。
この海外の「洗礼」とも言える差別に近いものを打ち破った時、つまり、自分のそのスポーツに対する技術や情熱を伝えることができた時、彼らのそれはリスペクトへと変わるのです。
そもそも、スポーツにおいてアジア(特に日本人)が蔑視の対象になること自体、(納得はいかないですが)当たり前とも言えます。
それぐらい、圧倒的な体格差があるのですから。例え同じ身長でも、骨格が違います。それは否定しようのない事実です。
でもだからこそ、彼らはその身体的ハンデを覆すような技術であったり、スピード、感性、知識といったものを素直に評価し、リスペクトしてくれるのです。
そして一度認めた相手は尊敬できる仲間として、敬意を払ったプレイをしてくれますし、コート以外のところで会ったときも“my man(my friendと同じような意味)”といってすごく親しくしてくれます。
相手を認めることができる素直さ。これが欧米のスポーツ文化を支えているのかもしれません。
相手の自分より優れているところを認めることができて、はじめて自分の成長もありえますもんね。
正直アジアのスポーツマンにはそういう素直さが足りていないと感じるし、見習うべき、素晴らしい価値観だと思います。
“MY MAN”になる時。それは国境の壁を破って、同士になる瞬間。
卑屈にならず、自分の今までやってきたことを信じて全力で表現すれば伝わる。
もっともっと前に進んでいけるのではないでしょうか。
たすく