とある寒い日の朝、時刻は8時30分。
私は三菱東京UFJ銀行の谷町6丁目支店の入り口に立っていた。
会社は9時から始まるので、まだ少しの余裕があった。
先日引き出しすぎた金を戻そうと思い、13000円を預け入れるつもりだった。
なぜ13000円か?
特に理由などない。財布を見つめて13000円が妥当だと思っただけのことだ。
私は、後ろポケットに差していた財布を抜き出して、赤いキャッシュカードと現金13000円を財布から抜き出しながら銀行の中に入っていった。
中は暖房が効いて暖かかった。
私と入れ替わりに、杖をついた白髪のおばあちゃんがゆっくりと出て行った。
足が悪いのだろう、歩きにくそうにしていた。
その様子を視界に入れながらすれ違った私は、ATMの前に立って「お預け入れ」のボタンを押した。
ふっと正面を見ると、手数料の一覧が目に飛び込んできた。
今は8時32分。
今預けると、手数料が105円取られるではないか。
(銀行にお金を入れるのに手数料を取るのか・・・)
そう思った私は、すぐに「取り消し」ボタンをタッチして、先ほど入れたキャッシュカードを引っ張り出した。
手数料が無料となるのは、8時45分から。
たった10分そこそこのために105円使うのはもったいない。
105円といえば、ローソン100に行くとお菓子やカップ麺が買えるほどの金額だ。
そう思った私は、外に出て煙草を吸うことにした。
(今日は3月なのに肌寒いなぁ)
そんなことを思いながら煙草を吸い終わった私は再び銀行の中に入った。
時刻は8時42分。
まだ時間がある。
退屈な気持ちで、壁にかかっているカシオの時計をじっと見た。
こんな時の時間というものはどうしてこんなに長く感じるのだろう。
じっと見ていると、この時計の特徴が分かってきた。
秒針が10秒進む毎に、長い分針がチョビッと動く。
私はその正確性に小さな感動を覚えた。
(誰や・・・こんなもん作った奴は、偉いな)
そんなことを思いながら、じっと時計を見ていて、あることを思いついた。
8時45分ピッタリに、預け入れボタンを押して処理すると、手数料はどうなるだろう。
私は8時45分の楽しみを見つけて、それを実行すべくATMの前で待機した。
左手に13000円を握りしめながら人差し指を伸ばして「お預入れ」ボタンの上で構え、右手にはキャッシュカードを持ち、時計をじっと見つめた。
秒針は進み、とうとう8時45分になった。
今だ!
8時44分59秒に動作を始めたので45分ピッタリに「お預入れ」ボタンが押せたはずだ。
キャッシュカードも機械に吸い込まれ、何事もなく現金を入れる蓋が開いた。
おおっ。
私は感動しながら13000円を放り込んだ。
機械は手数料を取ろうとすることもなく、13000円を飲み込んでいった。
私は、時間の正確さに感動したのではない。
ここの壁に掛けられているカシオの時計に1秒もの狂いもなく、全国の三菱東京UFJが運営されているのかと思うと、素晴らしくもある反面恐ろしくもあった。
天下の三菱東京UFJがカシオの時計にふりまわされているのだ。
もし、カシオの時計が意思をもっていたなら・・・・ターミネーターのように・・・。
そうおもったが、だからと言ってどうということもないか・・・。
ばかばかしくなった私はさらに困ったことに、会社に遅刻しそうになって走らねばならなかった。
先ほどの感動は何処へやら…。
仕事したくねーよー。