小説--捨てられた縁--(5)終章 |         きんぱこ(^^)v  

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  きんぱこ教室、事件簿、小説、評論そして備忘録
      砂坂を這う蟻  たそがれきんのすけ

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逸見誠司 京洛大学二回生
柏木良平 京洛大学二回生 逸見の友人
中村万理 精京女子短大一回生
市野洋子 精京女子短大一回生
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 互いが互いを忘れ去っていれば、出会っても気づく事などないだろう。

 会いたくても会えないのも縁ならば、会わなくても会ってしまうのも縁。

 めぐり合わせの違いが運命というものなのだろうか。


「じゃあ、行ってきますよー」

「いってらっしゃーい、ほら、パパおちごとよ。いってらっしゃーいって」

 玄関で妻に手を持たれて喜ぶ娘を見ながらドアを閉めて歩き出した。

 毎日毎日、同じ時間に同じ道。うんざりだ。


「おはようございます」

 気がついた者だけが挨拶を返す。それでいい。

「逸見さん、京成工業さんからお電話がありました」

「あ、そう。ありがとう」

 コートを脱いで、朝のコーヒーも飲めずに受話器を手にする。

「もしもし、あっ、阪神システムラボの逸見と申します。業務の武田部長はおられますか」

「はい、暫くお待ち下さいませ」

「はい……」

「はい。武田です」

「あっ、阪神シスラボの逸見です、お世話になります。お電話をいただきましたでしょうか」

「ああ最近ね、おたくのシステムで管理しているデータが増えてきたから、ぼちぼち古いデータを消してもらおうかと思ってね、あと、製缶計画のシステムをちょっと改良したいんだ」

「それでは、今日の午後でもどうでしょうか、伺いますが」

「今日の午後なら空いているよ」

「では、午後2時にうかがいます」

「ああ、そうしてくれ、待ってます」

(ええっと、京成工業はっと、京都の北区か……懐かしいな、あの喫茶店はまだやってるかな、帰りにでも寄れるかな)


「それでは、また後程、見積書をメールさせていただきます」

「解りました、データ削除作業の都合は決まり次第連絡いたします」

「では宜しくお願いいたします。有難うございました」

 京成工業を出たときは、日も大分西に傾いていた。

 逸見は、京阪出町柳駅には戻らずに、賀茂川沿いを北に歩き始めた。

 北大路橋にまで辿り着いた。


 橋を渡る。

 老婆が杖をついて歩いている。

 ジョギングの若者が追い抜いてゆく。

 今晩のおかずを籠に入れた主婦が自転車で通り過ぎる。

 向こうから女性が歩いてくる。

 橋の上で思わず立ち止まった。

 相手も立ち止まった。

 二人は動かない。


 女性の目が大きく開き、驚きの表情をした。

 恐らく逸見も同じような表情をしていただろう。


「………」

「………」


(市野やんか)

 市野の驚きの顔は、暫くして憎しみの顔に変わった。

 年はいったが、髪は黒くソバージュのまま長く伸びていた。

 殆ど話した事もなく、しかし、相手の事はよく知っていて、たった一年少々で会うこともなくなった。

 それからは、互いに思い出すことなど無く15年が過ぎた。

 彼女だってそうだっただろう。

 それなのに、15年後の互いの顔がすぐに解った。


「おっ…、懐かしい…」

「……」


 逸見は、出来れば会いたくも話たくもなかったが、このまま通り過ぎる相手でもなかった。

 いや、逸見はそう思った。


「久しぶりやね、あの、時間あったら近くでお茶でも行くか」


 彼女はこっちを睨み、首を大きく左右に振って言った。

「いやっ!」


 私は15年目にして、初めて彼女の心がはっきりと解った気がした。

 彼女はありったけの憎しみを私に向けているかのようだった。


「………じゃあ、お元気で」


 私は腹立たしい気持ちを抑えて彼女の前を通り過ぎた。

 

 橋を渡りきった時に、もう一度振り返った。

 彼女はもう居なかった。

 銀杏の葉と共に、一つの縁が散った。

 もう、二度と会うことはないだろう。


 ショートホープを取り出して、親指の爪に煙草の吸い口を叩いた。

 ジッポーに火をつけて深々と吸った。

「あの喫茶店に行ってみるか」

 逸見は独り言を言って歩き出した。


-----終わり----


 


 


 


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