------------------登場人物---------------------------
酒呑童子(しゅてんどうじ) 大江山の首領。鬼・妖怪と呼ばれる。
虎熊童子 酒呑童子の四天王
星熊童子 酒呑童子の四天王
金熊童子 酒呑童子の四天王 鬼ヶ城を守る
石熊童子 酒呑童子の四天王
羅刹童子 酒呑童子の重臣
夜叉童子 酒呑童子の重臣 (17)「亀山の怪」で死んだ
茨木童子 酒呑童子の重臣 若いが力があり副将となる
夕霧 葛城氏の姫。茨木童子の妻になる。
源 頼光 清和源氏三代目、摂津源氏の始祖。
渡辺綱 頼光四天王 先祖の源融は『源氏物語』の光源氏
碓井貞光 頼光四天王 別称 平 貞光
卜部季武 頼光四天王 別称 平 季武
坂田金時 頼光四天王 まさかりかついでキンタロウ
安部清明 陰陽師 大江山鬼退治を薦めた
冷泉院 時の天皇。奇行が多く変わった天皇
藤原実頼 冷泉院の奇行により関白として摂政
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「草木も眠る丑(うし)三つ時」。丑の刻とは現在で言う午前1時から3時にあたる。平安時代はそれをさらに四つに分けた。二時間で四つだから一つは30分ということになる。丑の三つということは午前2時半だ。時を計るのは陰陽師の役でもあった。
薄暗い部屋に蝋燭の火が一つ。壁に掛かる天狐と龍狐が蝋燭(ろうそく)の火によって不気味に浮き上がる。
(まだ雌雄が決してはおらぬようだ…)
白装束を着た安部清明は壁に掛かる狐に向かって祈祷した。横に四つ、縦に五つ、腰をすえて手刀で大きく空を切る。
「臨(リン)兵(ビョウ)闘(トウ)者(シャ)皆(カイ)陣(ジン)裂(レツ)在(ザイ)前(ゼン)」
魔除けを意味する九字真言。
「オン キリキャラ ハラハラ フタラン パソツ ソワカ オン キリキャラ ハラハラ フタラン パソツ ソワカ」
清明は頼光の無事を願い、ひたすら祈り続けた。
酒呑童子は考えていた。
(こやつら、本当は何者だ…)
不審な点はある。見事に山伏らしい。山伏よりも山伏らしい。それにもう一つ、目がおかしい。五人共、人を殺した目をしている。人は魂を持って生きている。成仏するとその魂はやさしく宿る。しかし無念に死ぬと居並ぶ人の魂を千切り去ってゆく。千切れた魂は目に表れる。ここにいる修験者達の魂は皆千切れていた。
(本当は、何者だろう。都の武士か、それにしては無謀かつ少人数。盗賊か、それにしてはやさしい物腰。旅人がこのような格好はすまい。であれば、やはり修験者か…)
「棟梁殿、これがそうでござる」
渡辺綱は銀の大きな壷を酒呑童子の前に差し出した。酒呑童子は銀の酒壷を両手に持って頭上に掲げ、ものめずらしそうに壷の隅々を眺めた。
「なるほど、この壷は銀ではないか。おい、羅刹童子よ、これを見よ。すばらしい壷じゃ。」
羅刹童子も酒呑童子から壷を受け取り珍しげに壷の隅々を見渡した。
「ほう、これは珍しい壷じゃ。この大江山も渡来人がよく来るが、このような見事な壷にはお目にかからんわい」
そう言って、熊童子、石熊童子、星熊童子へと壷が手渡されて行った。夜叉童子は既にこの世にはいないがまだ気づかれてはいない。茨木童子と金熊童子は三戸野峠と鬼ヶ城を守っているはずだ。
「さあみなさん、旨い酒ですぞ。遠慮なく飲んでくだされ」
頼光は童子達を一回りしてきた銀の壷を手に取り栓を開けて皆の杯に注いで回った。頼光らは内心冷や冷やとしていた。もし壷のどこかに神便鬼毒酒(じんべんきどくしゅ)と刻まれていたなら…。
しかし、幸いにもその心配は杞憂に終わった。童子達はその酒を飲み干した。
「…」
「…」
「いかがでござろう…」
酒を飲み干した酒呑童子は静かに頼光を睨んだ。頼光の四天王も固唾を呑んで童子と頼光を見守った。
「…旨い!」
酒呑童子は一言そう言って、ほかの童子へ顔を向けた。
「うーん、これは旨い。旨い酒じゃの」
「うんうん、これはすばらしい」
童子達は一同にこの酒を褒めた。きつい酒だった。
「もう一杯頂いてよいか」
「何をおっしゃる、遠慮なさらずにお飲みくだされ。」
「わしらばかりは失礼だ、あなた方もお飲みなされ」
「いやいや、我々はひと壷飲みましたゆえ、どうぞ遠慮なさらずに」
「いやいや、こんな旨い酒だ、一緒に飲もう」
酒呑童子はそういいながら頼光たちにも酒を注いだ。女房共はすでに奥に下がって休んでいる。
酒宴はそのまま飲み比べになってきた。流石は酒呑童子といわれただけあり、酒にはめっぽう強かった。寅の刻を三つが過ぎた(つまり4時半)秋も深まり夜明けは遅い。広間では誰も起きているものはいなかった。

