妖怪 「酒呑童子」(その6)-百鬼夜行ー |         きんぱこ(^^)v  

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      砂坂を這う蟻  たそがれきんのすけ

 土塀の奥に屋根瓦が見える。この時代に屋根瓦を持つ葛城何某。相当な地位の屋敷であろう。その屋根瓦を真上から三日月が照らす。


 すると、その三日月に黒い紐が掛り、月の裏側から屋根瓦に向かって一本の紐が垂れ下がってきた。その紐から小さな黒い影がゆっくりと降りてきた。最初は米粒ほどの黒い影は見る見る大きくなって、とうとう屋敷の屋根の上にストンと降り立った。


「あそこに星熊童子がやってきたの」


女装の酒呑童子は「心の言葉」で茨木童子に伝えた。


 その時、屋敷の木陰からムササビのようなものが飛び立った。ムササビは屋敷の門の裏手に音もなく降り立ったかと思うと、まもなく屋敷の門が静かに少しだけ開いた。


虎熊童子よ、他の者は来ているか」


「全員揃っている。ぼちぼち始めますかの」


 心の声とは、人間が認識できる音域の外の音を使って会話をする。犬笛のようなものだ。茨木童子もこの術はすぐに習得が出来た。


茨木童子よ、俺と一緒について来い」


 いつの間にか女性から赤ら顔の大きな鬼の姿に変わっている酒呑童子は茨木童子に声をかけて静かに門の中に入っていった。茨木童子も青い鬼に姿を変えてついてゆく。



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 屋敷の中は明かりもなく静かに寝静まっていた。しばらくして土塀の内側にポッ…ポッ…と青白い光が点ってゆく。よく見るとその光は「されこうべ」だった。


「棟梁、屋敷の主人はここにはおらんな、おそらく内裏にいるのだろう」夜叉童子が言った。


「特に構わぬ。いつものようにはじめよう」


 暗闇の屋敷に風が走った。童子共が各部屋の板戸や暖簾を一斉に開けたのだ。そして手際よく家人を縛り上げてゆく。家人は、突然の出来事と鬼の顔を見て声が出ない。


「殺しはせぬが言うことは聞いていただく」


 家人たちは恐怖のあまり、声も出ず、童子たちの言われる儘に一番広そうな部屋に集まった。そこには、主人の妻と姫が座っていた。隣に 石熊童子がドッカと座っていた。気丈な姫が話した。


「何しはるんどす」

(平安時代に京都弁〔昔は御所言葉〕があったかどうかは定かではない。室町時代の女官が話していたところまでは判っているらしい)


「今からわれわれについてきてもらう。全員旅の支度をしろ。金目の物は牛車に積んだ。言うことを聞かない場合は、仕方ないが殺す」


「ひー、今から…旅の、そのようなこと、出来ませぬ。どうかお許しくださりませ」


 姫の母親が言った。姫は恐怖と絶望感で泣いていた。


 石熊童子は、大きな剣を無造作に腰から抜いて、空を一振り切り裂いた。斜めに切り上げた空間の裂け目から、赤い血がゆっくりと滴り落ち始めた。

 それを見ていた家人は、今は盗賊に捕まっているのではなく、鬼に捕まっていることに改めて気がついた。家人どもは黙って旅の支度を始めた。



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(百鬼夜行の図)


 屋敷の門の内では、牛車を挟んで長い列が出来た。童子たちは、家人に頭からすっぽりと覆いかぶさる布を被せていった。布地は真っ黒だが描かれた紋様は薄白く光っていた。そこには様々な妖怪の絵が描かれている。


 牛車の列は西の老ノ坂峠に向かって歩みだした。黒い布に描かれた妖怪が踊り始める。童子たちは様々な妖怪に化けて牛車の周りを踊りながら歩く。空間には青白く光った髑髏(されこうべ)が飛び交う。


 「ヒエッ…、ヒャ…百鬼夜行や。どうしよう、見てしもた。見てしもたー。もうあかん。」


 当時「百鬼夜行」を見たものは、病気になるか死ぬと言われていた。


 茨木童子は酒呑童子に聞いた。


「このようなことをして、都の検非違使共に見つかりはせぬか」


「みつかることもある。しかし、やつらが来ても、布を被った家人達を殺すだけだ。我々はこの行列がどうなろうと別に構いはしない。」


「百鬼夜行とは、我々の演じる事だったのか」


「我々だけではない、盗賊は沢山いる。纏まった盗賊なら皆やっていることだ」



 翌日、卜部は朝餉を食べていた。給仕をしている女房が卜部に話しかけた。


「昨日の夜半、二条の西京極坊にまた百鬼夜行が出たそうでございます。」


「百鬼夜行が、その一行はどちらに向かって去って行ったかを聞いてはおらぬか」


「何でも老ノ坂の方角へと消えていったそうでございます。恐ろしや。」


(老ノ坂か、行ってみるか)


【7へ続く】


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