原理講論の総序には、次のように記されていますが、私はこの内容に共感できません。

 

「人間が宗教を信じようとしないのは、神の実在と来世の実相とを知らないからである。」ここで「来世の実相」とは「死後の世界」のことだと思います。

 

まず、宗教とは何かということを明確にしておく必要があります。

ウィキペディアでは、次のように定義されています。

 

「宗教は、一般に、人間の力や自然の力を超えた存在への信仰を主体とする思想体系、観念体系であり、また、その体系にもとづく教義、行事、儀礼、施設、組織などをそなえた社会集団のことである。」

 

つまり、宗教は社会集団の一つであり、宗教の信者とは、所属している宗教の方針に従っている人たちであると言えます。従って「人間の力や自然の力を超えた存在への信仰」を持っているとしても、特定の宗教の方針に従っていなければ、宗教に入っていないということになります。そのように考えると「人間が宗教を信じようとしないのは、神の実在と来世の実相とを知らないからである」とは必ずしも言えないのであり、宗教を信じようとしない別の理由があり得るということになります。

 

仏教は、一神教でいう絶対なる神の存在を否定します。何故なら、全ては変化するため、永久に不変なもの、即ち、絶対なる存在など有り得ないとしているからです。これは「諸行無常」という考え方によるものです。つまり「神は絶対なる存在」だと言うのなら「そのような神は存在しない」ということです。それでも仏教は宗教ですから「人間が宗教を信じようとしないのは、神の実在と来世の実相とを知らないからである」とは必ずしも言えないと思います。

 

端的に言えば、「人間が宗教を信じようとしないのは、神の実在と来世の実相とを知らないからである」という文章の本意は、「キリスト教などの一神教を信じない人がいるのは、唯一絶対なる神と霊界の楽園を知らない人がいるからである」ということではないでしょうか。

 

では、神仏を信じていても宗教を信じない別の理由について、思い当たる事を述べたいと思います。

私の場合は、教会の一部の人たちに幻滅した、教会の教義に限界があることを知った、教会組織の闇を見た、ということなどの理由で、教会を離れたとも言えますが、決定的な理由は、真のお父様が「宗教は必要ない」と一貫して言われていたからです。

下記のブログをご覧ください。

https://ameblo.jp/tashika2e/entry-12777298757.html

 

そして、原理原本の研究を通して分かったことは、成約時代からは、宗教が霊人の成長を妨げているということでした。例えて言うなら、学校を卒業して社会に出なければならない人を、学校に引きとどめているようなものです。

これに関しては、下記の動画をご覧ください。

https://www.youtube.com/watch?v=Iof9bWaTlhU

 

もし皆さんが、神界のことや、死後の世界について、詳細に知ることができれば、統一原理には限界があると感じるようになると思います。

参考に、下記の動画をご覧ください。

https://www.youtube.com/watch?v=kuxCiDcj-oE

https://www.youtube.com/watch?v=JkU4gAuQtk4

 

冒頭に示した総序の内容は、私の場合、次のようになります。

「私が宗教を信じようとしない理由の一つは、神の実在と来世の実相とを詳しく知ってしまったからである。」

 

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