直筆版の576番の途中から578番の途中までです。

――ここから――

サタンが、この世で活動できるのは、人が堕落し、原理が未完成のためである。従って、神様は、人を復帰し、原理を完成させなければならない。原理が完成に向かえば、サタンは徐々に追い込まれることになる。それゆえ、サタンは、原理が未完成のままであることを望みながら、様々な手段を使って神様に対抗し、自分の立場を維持しようとする。しかし、原理は完成に向かうため、非原理世界は必ず終わりを迎えることになる。結局、サタンは居場所を失うため、サタン自身も原理的にならざるを得なくなる。こうして、堕落する以前の原始共生主義時代のような形態に戻り、神様だけが中心となる原理世界が実現される。これは、喜びであり、幸福の始まりである。歴史をこのように導いているのは、神様であり、イエスと聖霊であり、天使と天の信徒であり、天の家族である。

こうして、地上は、天を中心とする人々の世界となる。堕落原理と復帰原理は、人々の世界で現れるようになったが、原理は完成に向かうため、サタンの活動舞台である未完成部分は、終末を迎えることになり、サタンは人にまで屈服するようになる。そのとき、どのような時代になっているのかと言えば、人が堕落する前の原始共生主義時代のような時代になっている。また、このような時代は、基本原理が完成し、神様を中心とする存在が現れることによって始まるのである。

歴史が基点に戻り、サタンも基点に戻れば、神様もそこを訪ねて来られる。そこに、誰が居なければならないのかと言うと、堕落していないアダムとエバが居なければならない。この二人を探し出すためには、基点に戻る必要がある。何故なら、そこで堕落したためである。つまり、歴史が、基点である原始共生主義時代の形態に向かっていくのは、その二人を探し出すためである。

原始共生主義時代の形態に戻るということは、人間にとって喜びであり、幸福の始まりであると言える。このように、歴史を戻しているのは誰なのかと言えば、神様であり、イエスと聖霊であり、天使と天の聖徒であり、天の家族である。そして、歴史を再出発するときに、基点を中心として現れなければならない存在は、神様であり、神様を中心としたアダムとエバ、即ち、完成した創造本然の人間である。ここから、堕落の無い基本原理世界が展開される。つまり、この展開される世界は、再創造世界であり、再出発世界である。

完成したアダムとして来られた再臨主が、エバを復帰し、原理的なアダム、エバとして、地上に現れなければならない。この二人が、人間の根本的な祖先となる。こうして、天宙の中心である父母が完成するのである。

――ここまで――

三番目の段落の内容から、時空を超えたような話になっていますが、これは、地上の摂理が、過去の状況とリンクしているためです。

ご存知の方は、ご存知のように、再臨主のとき、世界は、原始共生主義時代の形態に戻りませんでした。しかし、再臨主を中心とした摂理は、アブラハムのときにように、三代にわたって展開されることになります。そして、今、三代目の時代が近づいています。そのため、今までの価値観が、徐々に崩壊していきます。つまり、お金や権力によって支配される時代は、今後、終焉を迎えることになります。