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神様は、創造を終えるごとに、その万物を見て「良し」とされた。それゆえ、夕とは、神様がその万物の創造を終えられたことを意味し、その夕から朝までの間は、蘇生から長成を経て完成に至るまでの期間を意味するのである。そのため、その期間を規定することはできない。また、朝は、一晩おいてから来るのであるが、この朝とは、万物が完成し、新しく出発するということを意味する。
従って、どのような万物でも、夜の期間を経なければならなかった。では、この夜の期間とは何だろうか。万物が、個性真理体として、永遠、不変でありながら、神様の理想のかたちを表すことのできる存在となり得るのかどうか、それを確認するための試験期間が、夜の期間であった。この試験結果が、神様のみ意に合ってこそ、その万物を完全な存在とされたのである。このように、5日間で創造された万物は、どのようなものでも、夕と夜と朝の期間を通過するようにされた。これが、創造された万物の共通過程であった。
ところで、創世記1章27節を見れば、6日目に創造された人については、「神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された」と記されている。つまり、前述した通り、神様の中には、男性と女性の二性が存在したのである。
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2019.02.19 追記
原理原本の直筆版と比較して修正し、更に、分かりやすい表現に変更しました。
原理原本では、誕生ではなく、蘇生と表現しています。蘇生とは、「よみがえる」ということですから、この表現を見て、不自然に思われるかも知れません。しかし、原理原本でいう創造の意味は、無形世界の影として有形世界を創るということです。つまり、既に天にあったものを、地上に再現させたということになります。このような意味で、蘇生という表現をされたのかも知れません。
2020.9.13 更新:さらに分かりやすく変更しました。