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タスマニアンデビルのブログ

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ミュージシャン過多ではある時代



実際、毎年、ひいては毎月、どれくらいのミュージシャン(自称も含む)が生まれている事だろう



ボカロプロデューサーはもとより、バンド活動をしている人、ソロデューする人、プロからアマまでとてもたくさんが出現しているが、普遍的なキャパシティーを持った人が生まれてきていないという現状はなかなか実感としてシーンに芽生えてこない



機材の入手のしやすさ、発表する場の増加、ライブハウスやクラブの増加で、そんなに生存競争をしなくても、ひとまずお金さえかければアーティスト活動が出来る世の中にはなっている



そのため、健全な淘汰はうまれていない



以前は当然、腕のある人しか活動出来なかった



今では、腕がある程度無くても、活動が出来る



全ての音楽ジャンルでそれは言えるが、ある時期からその傾向が顕著になった一つがDJ、トラックメーカーという部類





2000年代初頭、ほんとうに猫もしゃくしもDJという時が発生して、いまでもそれはかわっていない



DJは無論、ターンテーブルの操作テクニックにも秀で、鬼のような音楽のストックをもった選曲と空気を読むプロである



しかし、今、5人くらい集まって、1,5000円ずつくらいだしあって、一人が3人くらいお客さん呼んで、木曜日とかに箱を借りれば、ほぼ誰でもパーティーを開催する事が出来る



ほいでDJ某とありきたりな名前のローマ字をあてがったDJネームをつけて、好きな曲流して、波及効果も意識せず、20人前後くらいで集まって朝までお酒飲んでればそれでパーティ



このような類いのパーティーは毎週山の様にこなされている



無論箱貸し商売として成り立っているだけで、ここに音楽の文化はない



芸術がお上だけの物ではなく、庶民にもたしなめるものになるというのは、文化の発展の為にもとてもよいことだが、目指す良きものの設定を怠ってそれをしていては、文化としてはとうてい成り立たない



日本では大抵、ブームでおわる



そんなたくさんのDJたちも、就職したらなかなか開催頻度も減り、もとよりDJで身を立てる事がほぼむりと考えているため、底を目指そうともしない



そう



音楽の文化に於いて、趣味として携わるそれがあまりに充実してきてしまっているのだ



超閉鎖的グループの中でだけ趣味として行われる音楽が増える中で、音楽文化はその成長を止めている



はっと気がついてその文化自体を俯瞰した時にびっくりする



DJの世界



ビッグイベント、WIREなどでも、それ以外でも重鎮のDJは今だに石野卓球、テイトウワ、ケンイシイ、MURO、FPMなど、50近いベテラン勢ばかりで、若手が全く育っていない



たとえば上記の方々につづく若手、少なくとも30代くらいで、音楽的にもしっかりして活躍しているDJはいない



言ってみれば音楽的知識が無くてもDJになれるようになったので、プロが育ちにくいのは確かだ



上記の面々は作曲する事も編曲する事もリミックスすることもできる



そういう人がDJである、ということはありうるが、その逆はない



DJは曲が作れるという誤認は、これも2000年代初頭に発生してきて業界をも混乱させた



若手のDJは曲を選んだり、ループをつなげたりすることはできるが、曲をまともに作る事すら出来ない



おそらく10年後も、トップDJは上記の面々のままだと思う



少なからずカリスマ的な人気をもつ現在の若手DJ達も、その命は短命なものが多い



無論音楽的バックボーンがないためだ



そして、プロでない為に、死ぬ気でそのシーンに残ろうとは思わない



きつくなったらまあ別の仕事をすればよいわけで



それはDJに限った事ではないが、音楽を死ぬ気で本職にしようとする人間が減った事もシーンの衰退に加速を付けている



スタジオであうミュージシャン達も、多くが別の食を持っていたり、バイトをしていたりする



音楽は既にそこでは、芸術活動ではなく、そんなに割の良くないビジネスにしかなっていなくなってしまっているのだ
ニコ動では毎日の様にボカロの新曲が発表され、その量産数たるやすごいことになっています



そして100万再生するような神曲も多く、また新しい曲でも今では神懸かり的な調教(ボーカロイドの編集技術)で人気を博している動画などもたくさんあり、日々盛り上がっています



しかし、現状ではやはり、ボカロ至上最高の再生数と指示を誇っている曲ですら、その音楽的完成度という意味では完成度100を最高とするなら良くて35くらいでしょうか...



音楽的な完成度をどう見るのか、それはいくつかの要素があると思います



曲の完成度



詞の完成度



編曲の完成度



ミックス、マスタリングの完成度



コンセプト自体の完成度



などです



間違ってはいけないし、困った物なのは、それではメジャーの楽曲のそれはどうなのかといえば、かんばしくはありません。



先の数字で言えば完成度60くらいがメジャーです



ではそのニコ動より高い25はどこで稼いでいるのかと言えばミックスマスタリングだけです



つまり楽曲の、作曲編曲といういみにおいては、ほぼおなじようなもんです



しかしそれでもユーザーの中には「やはりメジャーの音楽はレベルが違う」とか、たまにプロの人がボカロをつくると「やっぱりプロの犯行は違う」となっていますが、あくまでミックスのレベルのことで、曲の内容の充実度はおなじようなもんです



昨今、ここ10年で、ミックスとマスタリングの技術は、あくまで技術という意味では格段に進化しました



そして、その技術はプロの現場でしか買えない機材をもってつくるものではなく、誰もが持ち得る道具で出来ることになって来ています



しかし、残念な事に、楽曲制作、作曲や編曲の技術はまったく育っていないどころか見方によっては退化しています



この原因は、作り手のみならず、リスナーがこの10年で、音楽業界によって耳を退化させられた事がとても大きな要因だと思います



2000年から、耳を退化させる音楽業界の仕事は白熱してきました



そしてその退化はかなりの絶好調ぶりで、もはや60パーセントの完成度の曲をリリースするだけで、リスナーがすげーっと言ってくれるような世の中になりました



つまり、20代のある時点以下の年齢の人たちは100の完成度の曲を知らない訳です



より良いものがある事を知らなければ、60の完成度をみせられたところでそれが最高だと思い込む事もできます



これが恐ろしい部分であり、洗脳ですねー



そのうちこれが定着すれば、日本人の若い世代はきっと、ジャネットジャクソンの曲よりもJUJUや安室ちゃんの方がすごいと普通に答える様になってしまうでしょう



ですがその先に待っているのは、日本の音楽が世界から置き去りにされてしまうという事です







アジアの音楽はひどいです



中国の電車事故じゃないですが、他の音楽文化のおいしいとこのエッセンスを混ぜただけの表層的制作の産物です


しかしそんなレベルの低い例えば韓国の音楽等を、まさかこれだけチャートできくようになるとは想像もしませんでしたし、起こっては行けない事でした



KARAも少女時代も、別にかわいいかわいくないの論議はどうでもいいんですが、曲の完成度、ミックスの技術の稚拙さははんぱないです



しかしこの事は音楽業界の中枢にいる人でも気づいていないし、或いは気づいてて放置しています



いかに音楽業界、ひいては音楽に関するプロの現場で、ずさんな作業が行われているかも、これからブログでいろいろと発表していきたいと思います



これからは、ニコ動、日本の音楽業界、等をピックアップして、いろいろと横滑り的に話していきたいと思います



あ、あと、これから音楽の仕事やミュージシャンデヴューを目指す人たちにも本当の意味で役に立つ情報を出していけたらと思います
音楽に携わる仕事をしていて、そして音楽大好きでいつもきいていて、両方の側面から日々思う事がたくさんあります



いつもは近しい人たちと呑みながら話し合ったりしていたのですが、いろいろと、その都度まとめてブログの形にしていこうと思い、このブログを立ち上げました。



参考になる事も参考にならない事もあるかと思いますが、音楽に関するちょっとした情報として、呼んで頂けたら嬉しく思います!



よろしくおねがいします!