はじめての親鸞 | 垂水のてるさんの釣りバカ日誌

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五木寛之の『はじめての親鸞』を読了。





父が永眠して、宗派の浄土真宗についてもっと知りたいと思うようになって、初めて手にした一冊であるが、入り口としてはよかった。


大河小説『親鸞』三部作を書き上げた五木寛之が、100名ほどの聴講者に向けて「人間・親鸞をめぐる雑話」のお題で3回の講義をしたのを口述筆記したもので、とても読みやすい。


また、親鸞だけでなく、12〜13世紀の仏教と世相についてもわかりやすく説明されている。


当時の仏教は民衆のためではなく、体制のためのものであり、僧侶は非常に難しい国家試験をパスした公務員であった。有力者からの寄進やお布施を得て鎮護国家のために祈り、厳しい修行をして、実行困難な戒律を守るのが職務である。若い親鸞が修行した比叡山はその総本山であり、エリート官僚の集団であった。


一方、公式の僧侶とは別に市井の人々からわずかなお布施で生きたのが聖と呼ばれた。比叡山一の知恵者とされながら、必要なのは念仏のみであると学問や修行を否定して、草庵の聖となった法然に会い、師事した親鸞はさらにその仏教本来の考えを追求し、己の中の悪をしっかりと自覚し、念仏を唱えたら、悪人でも浄土に行けると民衆に説く。


親鸞そのものについての話は多くないが、親鸞を学ぶ前に親鸞の時代をより理解することができたのは収穫だった。