12月6日(木)ICU4日目。
朝、病院から電話があり、何時ころ来れるかと聞かれた。1時ころ着くと返事。
昼の面会。母は透析の機械がつながっていて、血色の液体が透明のチューブをくるくるしていた。
尿が停止した。酸素を送るが二酸化炭素を排出していない。
血圧を上げるために、血管をしぼって上げようとしているが限界。
手を尽したが施しようがない状態、あと2、3日もつか。
臨終前に会わせたい近親者がいれば呼ぶように言われた。
突然の終わり方。
のどの切開をして生き残ることを、母は望まないと確信があったので、
その意味で、正直ほっとした。
兄も同じだった。
最後までがんばり続けた果てに、せきを切ったように一気に悪化することがあり、その例だと言われた。
小さな身体で最後までがんばっていた母が思い浮かんだ。
夜の面会、兄のお嫁さんが来てくれた。実家に3人で泊まった。
あと2、3日といわれたから、あと2、3日あると思っていた。
亡くなる、という理解には、なぜかこの時もまだ、つながっていなかった。
この日、玄関の花がいくつも赤い花をつけていた
昨日まで元気なくしおれていたのに、みずみずしく鮮やかに、なにかちょうどよく。
母が来て、咲かせていったんだな、と思った。
ありがとう ![]()
