米田佳奈さん (作詞作曲&ピアノ奏者) 気合と根性のキラキラママ
米田佳奈(よねだ・かな)さん。福島県福島市出身。
福島県立福島女子高等学校(2003年から共学。橘高等学校に改名)→東京音楽大学音楽学部音楽学科器楽専攻ピアノ科卒業。
「奏音(かなで)」名義でソロ活動を、またユニット「福島三人娘」で、東北各地の復興支援コンサートを精力的に行う。
1 大学まで
〇生まれは福島市
自然が多く、果物とお水が美味しいところです。小学生のころ、教科書に出てくる植物や虫は実物を見て学んでいたと思います。
それと、皆さん温和で親切で、助け合いができるところが素敵だなぁと思っています。正直者が多いので、結婚相手におすすめです。
福島県は広くて、「浜通り」「中通り」「会津」地方があり、お天気も違うのですが、基本的に、「ならぬものはならぬ」という精神は県内共通かなぁと思います。
母が音楽が好きで、家にアップライトのピアノがありましたので、自然と弾くようになりました。
耳コピが得意だったようです。
母がテレビを見て、ドラマのテーマソングやCMの曲を「これ弾いてみて!」とリクエストするのをすぐピアノで表現できました。
母が喜んでくれるのが嬉しくて、どんどん弾いていました。褒められて伸びる子でした(笑)。
〇作詞を始めたきっかけ
そのうち自分でオリジナルの曲を弾くようになったのですが、やはり「歌いたいなあ・・・」と思い、心の赴くままに詩を付けるようになりました。
最初の詩は、6歳ぐらいの「ため息つかないで仲良くしよう」だったかなぁ。
〇他の楽器の経験
小学生のころ、夏休み期間のみバイオリンを少し。
大人になってからは、曲作りのため、チェロやシンセサイザーをかじりました。
最近では、フルートがお気に入り。音色が好きで。ピアノの他に極めたいとすれば、フルートです。
真面目に毎日練習したら、そこそこ吹けるようになれそうです。
〇中高時代
青春時代は、合唱コンクールとピアノや作曲のレッスン、また学業も全力で頑張っていました。
中学・高校で、合唱部の伴奏をしていました。
福島は合唱大国で、どの学校もレベルが高かったと思います。
東北大会で、なかなかゴールド金賞が取れず、部員全員で泣いたこともあります。
福島女子高は、県立普通高校の中でもレベルが高かったので、普段の勉強だけでも大変でした。
しかし、ピアノの恩師が東京藝術大学の教授だったので、どうしても音大に入りたくて、両立を頑張りました。
音大受験のために、月2回東京に通いました。
とにかく忙しく、日々睡魔との闘いで、鼻にメンソレータムのリップクリームを塗り、常にスースーさせて眠気覚ましにしていました(笑)。
夜起きているために、常に口を動かしていよう とお菓子を食べ続けて、受験期に太ってしまいました(泣)。
2 東京音楽大学(豊島区池袋)
〇大学生活
力のある先生が沢山いらっしゃいます。
個性豊かで技術的に素晴らしい仲間も沢山いて、高みを目指せる環境です。
レッスンは、クラシックです。
私はダブルレッスンで、二人の先生に同時についていました。
テクニックを補うために練習曲もたくさんやります。
そんな中で、創作活動をマイペースにしていました。
クラシックを練習しながら、自分の聴きたい音楽を作り、なるべく珍しい曲を探していたように思います。
ピアノ専攻の同級生は何人か把握していませんでした。
200人くらい(?)でしたか。卒業してから活躍されている方々が、同じ東京音大出身だとわかると、とても嬉しくなります。
一般教養などは他の科の人も一緒だったと思います。
憲法や物理や体育の授業などもあったような。
私は視野を広げたかったため、他の大学の友人との交流を積極的にしていました。
大学時代は、音大生専用マンションに住んでいました。
ですから、家に帰ってからも、自分と同じ曲を練習している音が聞こえることもありました。気まずいやら、恥ずかしいやらで、弱音ペダルを使って練習した時もありました(笑)。
私の家はごく普通の家だったので、常にアルバイトをしていました。 幼児対象のピアノレッスン、カフェスタッフなどなど・・・。
その中から、お洋服、交際費、コンサートや本を買う費用を捻出していました。
実は学食を食べたことがありません。節約のために毎日お弁当を持って行っていました。
〇大学時代の最大の思い出
卒業試験で高得点を取れたことと、教員採用試験に現役合格できたことです。
受験期に太った反動からか、2年生の時、拒食症になってしまいました。
体力も精神力も衰えてしまいましたが、レッスンを休まないというのを第一目標に、なんとか一年間乗り切りました。
卒業後に「安定した職に就きたい」と漠然と思っていましたが、音学科の教員になろうと決意したのは3年生の終わりで、そこから本腰入れて巻き返しました。
大木勝之進先生はじめ、教職の先生方には本当にお世話になりました。拒食症が完治したのは大学4年生の終わりでした。
卒業後は、東京都で音楽科の正規教員をしていました。
3 ピアノ・トーク
〇愛用のピアノ
実家ではヤマハのG3。一人暮らしの時は、A1を使用していました。気に入っていましたが、転居が多いためグランドピアノは売ってしまいました。
買えませんが、ベーゼンドルファーが好きです。
〇ピアノの魅力
メロディーも伴奏も一人でできるところが素敵です。
グランドピアノは、弾くとダイレクトに応えてくれて、細かいニュアンスが出るところが好きです。他の楽器と共鳴したり、余韻が残せるところも好きです。
〇得意・好きな演目
好きなのは、ドラマティックな曲。シューマンやヤナーチェク、スクリャービン、ラフマニノフあたりです。
ロマン派が好きですが、近代の曲の方が強いて言えば得意だと思います。ロマン派は弾いていて、感情が前に出過ぎるせいか、ひと段落するまで息をしてなかった、なんてこともあり、胸が苦しくなります。
〇心がけていること
ソロの時は劇的に歌う。他の楽器の伴奏をする時は、主役を引き立てることを第一に、掛け合い、バランスなども意識します。
ユニットのときは、出るべきところは出る。支えるべきところは支える。自分のやるべき仕事をしよう、と考えています。
どの現場でも、「この場で演奏できることに感謝して、最大限楽しもう」と思いながら弾きます。
〇演奏で難しいこと
クラシックの曲はやはり難しく、地道な練習が必要ですね。手が大きく開く方ではないので、リストは辛いです。
最近は音大時代より、多くの方々が聴きやすい、馴染みやすいクラシック曲・・・「愛の挨拶」「白鳥」「月の光」「トルコ行進曲」「ハンガリー舞曲」「リベルタンゴ」などを演奏しています。
〇受賞歴
ジュニアピアノコンクール3部門連続金賞受賞。
PIARAピアノコンクール入賞、東京国際ピアノコンクール入賞 ほか。
〇尊敬する音楽家
沢田完先生(作曲家)、林達也先生(作曲家兼ピアニスト)。才能と技術が素晴らしい。
アリス=紗良・オットさん。自然体で伸び伸びしてる感じが、私の目指してる方向であるため。
〇印象深いコンサート
昔、母親に連れて行ってもらった、ユンディ・リのコンサート
〇印象にある会場
ホールでのコンサートより、イベント会場が多いのですが、どの会場も同じように私の中でステキな場所として残っています。
「東京国際フォーラム」や「郡山ユラックス熱海」は大きい会場でした。
「アクトシティ浜松」「多賀城市文化センター」「福島市音楽堂」などは、賞を取れた場所であることと、美しい建築物であることから印象に残っています。
4 プライベート・トーク
〇歴史
日本史が好きでした。なかなか最近は本が読めてませんが、まとまった自由時間が取れたら読みたいなぁと思います。
〇自慢
足の裏が常に物凄く凝っていて、足ツボマッサージ師を毎度唸らせること。(自慢?)
マッサージが上手いこと。
子供を育てながら音楽活動をしているので、気合いと根性はある方だと思います。
〇趣味・嗜好
コーヒーと甘いものが好きです。
映画を観ることも好きです。「カーズクロスロード」「インクレディブルファミリー」など、子供と一緒に観ています。
〇お酒
福島はお酒造りが盛んです。金賞獲得銘柄数が6年連続日本一になっています。福島県出身の者として、とても嬉しく思っています。
福島三人娘のオリジナル曲として書いた、「巣立ち〜感謝を込めて〜」という曲がありますが、お酒を主人公にしています。
「大事に育ててくれてありがとう」という感謝の気持ちを込めて作ったこの歌を、ぜひ多くの方に聞いていただきたいです。
〇カラオケ
倉木麻衣さんの曲が好きで、歌います。
〇これまで会ったスゴイ人
芸能人では、遼河はるひさん。気さくでありながら、華々しいオーラがありました。同じイベントに出演させていただけて光栄でした。
大学の教職の大木勝之進先生。先生の熱血指導を受けて、教採に合格しました。褒めて伸ばす天才だと思います。
5 現在そして今後
〇現在の活動
ピアノ、ソルフェージュ(楽譜を読むことを中心とした基礎訓練)講師として幼児から大人の方の指導にあたりながら、演奏活動・創作活動を行っています。
2016年に、「奏音」(かなで)の名でソロ活動を始めました。Yonedakanaのアナグラムで、kanadeにしました。漢字は画数で見て、運が良く願いが成就する画数だそうです。
9つのオリジナル曲を収録したCD「奏音のカケラ」を制作販売しました。
2017年3月からは、「地元福島を元気にしたい」「福島の良さを全国に知っていただきたい」という思いで組んだユニット「福島三人娘」の活動開始。作詞作曲編曲を担当し、復興支援コンサートに力を注いでいます。
心を込めて曲作りをしています。近いうちにオリジナルCDを制作する予定です。
この他、別にAyaKanaというユニットを組み、介護施設訪問、年間数十回コンサートを行っています。
〇今後の活動について
地元・福島の良さを全国に伝えていきたい。また、心を浄化してくれるような曲を書いていきたいです。
小さな子でも気軽に聞けるコンサートも開催していきたいです。
(取材を終えて)
米田佳奈さんは、ご自分のことを、「ピアニストというより、“作曲することが大好きなピアノ弾きのママ”です」とおっしゃいました。
「独身アーティストやバックアップのあるママアーティストとは感覚の大きな違いがあり、時間が有限です。ものすごく有限です」ともいわれました。
子育て中の女性が仕事を続けていくのは、やはり大変なようです。しかし、持ち前の気合と根性で、福島の魅力を音楽で伝える、自慢のキラキラママであり続けることでしょう。
米田さん のfacebookのURLは、
https://www.facebook.com/profile.php?id=100003443725924
です。