先週、マラソンで10キロ走った。

10キロでマラソンというのも恥ずかしい話かもしれないが

完走出来て、一緒に参加したみんなも怪我なしで終わったことで

最近味わってなかった充実した1日を過ごせたように思う。


大江健三郎のピンチランナーの調書を読んだ。

38歳の道化師のような男の物語だ。

38歳のちゅうぶらりんの状態の男が僕の人生を振り返らせる。

なんとも微妙な年代なのだ。大江健三郎は天才だ。


マラソンの練習について先輩が講義を始める。酒の席でだ。

フルマラソンの練習はそぞかし大変なのだろうと思ってたのだが

毎日、5キロ走ってれば2,3ヶ月でフルマラソンも無理ではないと。

最後の1ヶ月は10キロ走ったほうが良いとのこと。


僕はここ1ヶ月、週に3,4日は朝、5キロくらい走ってたので

フルマラソン完走も蓋然性の乏しい憶測から脱した。


なぜフルマラソンを完走したいのか?

僕にはよくわからない。理由は意識の奥深くで暖めれれていることだろう。


誰かが35歳が人生の変わり時だと言った。

僕は35をすこしすぎてしまってるのは

僕の未熟さからの発生した時差のような気がする。


性的にもまだ転換していないのだろうか?

その疑問を今、拭うことはできない。

必要のない性交は必要ないが

必要のある性交は目の前に差し出されている。

それだけのようにも思が、なにかの変化を観察しながら

勃起し続けていくことなのだろう。


最近ちょっとしたトラブルに巻き込まれ、

昨日解決して嬉しくて酒飲んでセックスしたら僕のち○こはたたなかった。


精神的なものなのかお酒のせいか女の子のせいかよくわからなかったけど

たたないち○こが意外に可愛かった。


女の子は一生懸命に舐めてくれて

唾も落としてくれたりもした。


途中からたたないことに違和感がなくなって

ラブホのニオイはなんでこんなに臭いのかとか

彼女の顔に小便かけてみたいなとか

そんなことかんがえてたら眠ってしまった。

歳をとっているのだろう。


必要のないトラブルほど腹立たしいものはない。

すべてはいろんな勘違いから始まってどんどん大きくなって爆発する。

人間の想像力の大きさに呆れるのみである。


エッチは想像力なのかもしれないが

無理して想像力を掻きたてるのもいただけない。


たたないペニスはたたないのだ。

想像力の欠如とかそんなたいそうな問題でもない。

たつ必要のない時か相手だっただけのことだ。


結局、昨日はたたなかったのだが溜まってるものは出す必要はあった。

僕は彼女に見てもらいながらオナニーした。

彼女は時々睾丸を舐めてくれた。


僕は彼女の頭を掴み

彼女の頭に射精した。

たくさん舐めてもらってたので

たくさん飛び散った。

いろんな方向に飛ぶんだなと思った。


彼女の髪の毛をシャンプーしてリンスした。

髪の毛に飛び散った精液は洗っても取れたように思えなかった。

所詮、安いラブホのシャンプーとリンスだ。


彼女とはまた会うのかどうかわからない。

11月がきたらまた考えようと思う。




色白の肌が赤く火照ってる。いつのまにか頬はピンクに染まってくる。

黒いストレートのロングヘア、内側に柔らかなカーブが芸術的だ。

裸になった彼女を勝手に想像にする。


眼鏡はKAZUO KAWASAKI、その奥の黒い部分の割合が異様に大きい瞳は知性的に力強い。

透けてしまいそうな肌の色とは対照的に瞳のかなり奥深いところが鋭く黒い。とても魅力的だ。


彼女は「夜のピクニック」を手にとってレジの方向に進んだ。

高校生が学校行事として24時間歩く物語のようだ。

24時間テレビのエドはるみと徳光さんの顔が思い浮かぶ。

通り過ぎる彼女の残香に全神経を集中し、空気中の匂いの原子たちをしっかり分別する。

サラ・ペイリンもこんな香りがする、直感的に僕は思った。


今日は朝から10km走って、中国電力の尾方さんに抜かされて、マラソンランナー特有の

細いけど異常なパワーに満ちた筋力のようなものを感じ、劣等感を感じた。

僕はタイでサッカーボールを追いかける象たちの群れのうちの1匹だったのか。

ちゃんとがんばっている。


その後、子供たちと広島市民球場でソフトボールを楽しんだ。

子供たちは市民球場の砂を自慢げにビニール袋に詰め込んだ。

僕が小さいころ、親戚が甲子園に出場し砂を分け与えてくれたことがあった。

しばらくの間、僕の机の本棚でキリンメッツの空き瓶で保管されていた。

いつのまにかキリンメッツの瓶は無くなっていた。


金原ひとみ「蛇にピアス」、中上健次「岬」、恩田陸「夜のピクニック」を買った。

半分くらいずつ読んで一休みする。僕は一気に小説は読まないタイプだ。

いつも3冊くらい同時進行なのは僕の女性関係とおんなじだ。

もちろん本命は存在するのかもしれないが、読み終わりそうになったら

また新たな3冊を同時進行させていくのでいつまでも本命はみつからない。

Megadethを聞いてBachを聞いてDead Milkmenを聞くようなものだ。

本命をみつける義務は無いし、その次には戦時中の配給に並ぶ列のようなものだ。


最近は密かに小説をたくさん読んでいる。

特にだれかと文学について議論したりする必要もないので密かに読んでいるのだ。

少し前までは自己啓発系が好きだったが読みすぎたら飽きてしまったのだ。


「蛇にピアス」を何回も読んでしまった人はアマのような人生になってしまうのだろうか。

自分との境界をしっかり見つけること、小説を読むのもひと苦労だ。

「夜のピクニック」という題名はとてもエロスだ。

サラ・ペイリンの匂いがする女性のせいだと思う。

中上健次は生きていたら今頃どんな文章をかいてたのか、

将来を期待させる、そんな存在はあまりにも破壊的だ。


小説を読み続けるてると、

今まで入れたことのない新鮮なまんこに入れたい気持ちが芽生えてくる。

そこらへんが小説の良いところなのだろう。