こんばんは、八重 芽衣花です。

 今回は占術の「過去」と「今」を巡るお話をしていきたいと思います。


 前回までの記事はこちら







 現代の私たちが手にする占いは、アプリやSNS、雑誌などを通して、とても身近な存在になりました。

 けれども、その“便利さ”の裏側で、私たちが失ってしまったものはないのでしょうか?


 今日は少しだけ時間を巻き戻して、「古代の占術(古典占術)」が本来持っていた、知と精神性について探っていきましょう✨




占術はもともと“世界を読む技術”だった


 現代では、占いというと「当たるか当たらないか」「恋愛や仕事の悩みにどう役立つか」という視点が主流です。

 ですが、本来の占術はもっと広いスケールで、“世界全体を読み解く知”として発展してきた歴史があります。


 例えば古代バビロニアやヘレニズム時代の占星術は、天体の動きを読み解き、王の在位や国家の運命を予測するために用いられていました。

 星々の運行は、神々の意志を伝えるものとされ、「王が正しく治めているかどうか」すら、星の位置から読み取られたのです。


 ローマ帝国では、占術はさらに政治的な意味を帯びます。

 初代皇帝アウグストゥスは、自身のホロスコープ(出生時の天体配置)に現れていた「カプリコーン(山羊座)」の象徴を、自らの政治的正統性の裏づけとして利用しました。

 彼は貨幣にその星座を刻ませ、「自分の統治は天意にかなったものだ」と人々に印象づけたのです。


 その後の皇帝たちもまた、占星術を政略に活用しました。

 ティベリウス帝は有能な占星術師を重用し、政敵の出生図を読み、将来の脅威を未然に察知するために使ったとも伝えられています。


 こうした事例は、占術が国家の意思決定や正統性の演出に深く関わっていたことを示しています。




東洋における「世界を読む知」

としての占術


 一方、東洋でも同様の視座が見られます。


 古代中国においては、陰陽五行思想や天文暦法、風水(堪輿術 かんよじゅつ)等が国家統治に必要不可欠な知識体系とされていました。


 例えば皇帝の即位・退位や戦争の時期、遷都や建築の着工はすべて「天意(天命)」に基づく判断が求められ、これを読み解くのが占術官たちの役割でした。

 中国の歴代王朝では、専任の官職として「太史令」や「司天監(してんかん)」が置かれ、天体観測や吉凶の判断、暦の作成に従事していました。


 また風水は単なる家相術ではなく、国都の設計や陵墓(皇帝や皇族の墓)の配置、軍の駐屯地にまで用いられた地政学的な知でした。

 特に唐代以降の首都・長安の都市設計は、風水や陰陽五行の原理に基づいて構築されたとされます。


 日本においても、飛鳥・奈良時代から朝廷に仕えた「陰陽師」が重用され、都の遷都、戦の時期の決定、祭祀の執行、病や災厄の原因究明と対処等を担いました。

 つまり国家の秩序や調和を守り、厄災の回避のために占いが重要な役割を果たしていたのです。


 また陰陽寮(おんみょうりょう)が国家機関として設けられ、天文・暦・風水・祈祷の知を持って、政治と宗教の境界を繋ぐ役割をも果たしていました。




世界の秩序と、人間の位置を見つめる技術


 こうした東西の歴史を踏まえると、もし占いが単なる「当たる・当たらない」の娯楽にすぎなかったならば、古代から国家の意思決定や権力の正当化に用いられてきた理由を説明することは難しいでしょう。


 国家や為政者たちが占術を積極的に活用してきた背景には、占いが「世界や社会の秩序を読み解く思想的・文化的な枠組み」としての役割を担っていた事実があります。


 占術とは本来、「個人の悩み」を超えて、「この社会が今、どんな流れにあるのか」「どこから何がやってくるのか」といった“世界の動き”を捉えるための技術だったのです。


 星を読み、風水を観、吉凶を測ること。

 ーーそこには自然・政治・社会がひと繋がりであるという前提がありました。


 つまり占いとは、「当て物」ではなく、社会や人間の複雑さを映し出し、未来の可能性や全体の調和を考えるための知恵の体系だったのです。

 そこには、「人間は大きな世界の一部として、どう生きていくのか?」という根源的な問いが、確かに息づいていたのではないでしょうか。




失われてしまった“文脈を読む力”


 現代の占いは、スピーディで簡潔で、消費しやすい形に変わってきました。

 それは悪いことばかりではなく、手軽さや便利さといった点、占いが身近な存在になったという点では、非常に大きなメリットもあります。


 でも同時に、古代の占術にあった「全体を読む」「背景を汲み取る」「象徴を解釈する」といった、“深く読み取ろうとする意識“が薄れてしまっているようにも感じます。


 例えば、科学と神秘がまだ分かたれていなかった時代。

 「ピタゴラスの定理」で知られる、数学者として有名なピタゴラスも、実は“数そのものに霊的な意味が宿る”と考えていた人物でした。

 彼が創設した学派は、「数には宇宙の秩序や人間の本質が映し出されている」として、数を読み解くことで世界を理解しようとしたのです。

 これはまさに、今日の数秘術の源流でもあります。


 また昔の占術師たちの中には、アブー・マーシャルやマシャッラーのように天文学・哲学・宗教を統合して学び、国家や社会の意思決定に関わった者もいれば、ケプラーのように自然科学と宇宙の秩序を繋ぐ視点から星を読んだ学者もいました。 


 当時の彼らは、単なる予言者ではありませんでした。

 天文学・数学・哲学・医学・宗教を跨ぐ、一流の知識者でもあったのです。


  かつては多岐に渡る分野の知識から、一枚のタロットカードの意味や、一つの星の位置に込められた意味のみであっても、それを多層的・多角的に読み取るための文化的な視点を持っている占術師もいました。

 しかし現代に生きる私たちは、カードや星が語る“余白”に耳を傾ける余裕を、まだ持っているのでしょうか?




占いは再解釈できる文化である


 だからこそ今、古代の占術の知をただ“復元”するだけではなく、“今の私たちの視点から再解釈する”ことも私は大切だと思っています。


 古代の占術はその時代の世界観や言語体系の中で組み立てられていました。

 古代の占術をそのまま現代で扱うには、社会構造や価値観の違いもあり、難しい所があります。


 しかしそれを現代の価値観や感性、問題意識の中で新たに解釈していくことで、占術は「生きた文化」としてもう一度息を吹き返すことができるのではないでしょうか?


 例えば「吉凶」を単なる運の良し悪しではなく、自分の選択を見つめ直す鏡として見てみる。

 「天の声」を内なる直感や自己との対話の象徴として捉えてみる。

 「カルマ」や「因果」を過去の呪縛ではなく、自分の生き方を設計する視点として使ってみる。


 古典を現代語に翻訳するように、私たち自身の感性を大事にしながら、古代の占術と出会い直すことができたのなら。

 これからの人々の未来はとても豊かなものになり、同時に、新しい占術文化を築くための基礎になる、と私は考えています。




終わりに

知を未来へつなぐために


 占術の歴史を辿っていくと、人間が「世界を理解しようとする営み」はいつの時代も変わらなかったのだろうな、と感じます。


 現代の私たちは、多すぎる情報に溺れ、日々に追われ、つい“意味”よりも“結果”を重視してしまうことがあります。

 けれど占いが本来持っていた深い知や、視点の豊かさに立ち返ることは、今を生きる私たちにとっても大きなヒントになるはずです。


 未来を占うというより、「今を丁寧に見つめること」

 それこそが、古代占術から私たちが受け継ぐべき、一番のメッセージなのかもしれません。



 ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

 次回も奥深い占いの世界を、一緒に旅して下さると幸いです。




あとがき


 この記事が、占術を学んでいる方や、最近興味を持ち始めた方にとっても「古代の占術を振り返る」きっかけになっていたら嬉しいです。

 あなたは、占いに“文化”としての魅力を感じたことはありますか?

 よろしければ、感想等も教えてくださいね。


 次回で最終回になります。

 火曜日の夜21時すぎに投稿予定です。

  

 最終回はこちらです。