ダンカンという男がいる。


本名は知らなくとも、ビート武の「ダンカン、このやろっ!」といえば誰しも納得するあのダンカンである。


ダンカンは阪神ファンである。かなりの熱狂的阪神ファンである。うんこ味のカレーとカレー味のうんこどっちが好きかと問えば、「阪神に決まってるやろ」と即答するくらいの阪神ファンである(たぶん)。


僕の知っているダンカンといえば、

・阪神ファン

・ダンカン、このやろっ


以上2点である。


それだけ。たったそれだけである。


しかし、僕の心にダンカンはしっかりと根付いている。記憶の片隅にうっすらとモザイクがかかりつつも、それでも彼は僕の心の中に生きている。そう、彼はたった2つの特徴でインパクトを残すことに成功しているのだ。


忘れられる人、記憶の留まる人。


僕は後者でありたい。愛する人にとって記憶に残る人でありたい。


ああ、なんか趣味がほしい。

あまりにも暇すぎたんでDVDを借りてきた。2枚。暇だから寝るとか、暇だから手淫とかよりは多少の文明と知性を感じる行動だ。自分で自分を賞賛してあげたい。


1.デトロイトメタルシティ

ヒロインの加藤ローサ。彼女は最高に近い。安易に神とか最高とか語彙の貧困を露呈するような賞賛の仕方はしたくないという浅ましさを勘案して、「最高に近い」。すなわち最高。かわいすぐる。


ほしのあきや倉科カナ的な色っぽさ(一昔前では吉田里深とか小向美奈子とか)は皆無。エロのェもない。それはともすれば大きな欠点になりがち。男と女は結局ナニがナニとナニっちゃうことが進化的美徳であるならば、加藤ローサのあまりの清潔感、エロスの欠如は弱点になりうる。


だがしかし。


時代は、変わった。ラガーは変わらずとも時代は変わった。過剰な性の解放、フリーセックス、肉食化・・・。巷で声高らかに喧伝されるエロスの洪水から逃げ出したくなった時、加藤ローサの清潔感は砦だ。城だ。すがるべき大きな巨木である。


作中、こんなシーンがあった。加藤ローサが渋谷のおしゃれカフェでおしゃれな服を着て、おしゃれな音楽を聴いて、おしゃれなケーキを食べる。加藤ローサが、である。


このシーン、3回くらいは見た。繰り返し見た映画なんて中学生時代に見た「らんま1/2」以来じゃないだろうか。それくらい、加藤ローサは強烈なインパクトを僕に与えたのであった。


そうそう、忘れてたけど映画はおもしろかったよ。



2.MIST

近所のレンタルビデオ屋でランキングが高かったんで借りた。紹介文には、「衝撃のラスト」とあった。でも、そんなことより何よりこの映画はホラーとか18禁(それがダメなら15禁)にジャンル分けされててほしかった。グロすぐる。人の死に方が過激。ママの作ったハニーパイとか食ってたら絶対もどしちゃうとこだったぜ。


パニック映画は得意じゃない。


その源流は2年前の冬。合コンで知り合った女の子と意気投合し、デートをすることになった。初デートである。しかも12月24日。当時童貞だった23歳の青年は、おしゃれなクリスマスイブを演出するため、周囲の既婚者先輩(当時の部署に独身の先輩はいなかった)に相談を重ね、完璧なデートプランを作成した。


(2007年12月24日至高プラン)

①麻布で待ち合わせ

②麻布のおしゃれカフェでお茶を飲む

③六本木ヒルズで映画

④ミッドタウン等おしゃれスポッツをめぐりながら散歩

⑤赤坂のベトナム料理店でディナー


プランは完璧だった。このプランをこなせば彼女も喜んでくれるはず。わりとこの時は下心もあんまなく、2人で楽しく過ごせればいいなあなんて思っていた。そんなスピッツのロビンソンが流れ出しそうな純真無垢な気持ちで作ったプラン。


落とし穴があった。


③六本木ヒルズで映画 ←ここ


完璧プランを用意したものの、見たい映画が特にないという普段からの無関心ぶりを露呈。1週間前くらいに女の子に連絡するも「特に見たい映画ないから、怖い映画でなければなんでもいいよ」との回答。


そこで僕が下した結論は、ウィル・スミス。


ウィル・スミス=黒人=エディ・マーフィみたいな実に安易なイメージがあった。エディ・マーフィ的な3枚目の役柄のウィル・スミスが近所のパーティに招かれたはいいもののずっこけてテーブルをひっくり返してディナーが台無し。そんな映画だろうと思っていた。どんな映画がチェックもせずに、ただイメージだけで大事なデートで見る映画を選択。それが失敗だった。


『アイアムレジェンド』


始まって5分で気づく。この映画には3枚目俳優もいなければ、パーティもない。笑える要素なんて何もないってことを。『アイ・アム・レジェンド』はパニック映画だった。細部は忘れたけど、人間がゾンビ化して、主人公に物凄い勢いで襲ってくる映画でした。おしっこちびりそうになるシーン満載。


思い出すのは、見たい映画あるか聞いたときの彼女の返答。

「 特に見たい映画ないから、怖い映画でなければなんでもいいよ 


この恋、終わったな。ゾンビが大画面に大迫力で迫ってくるシーンがあるたび、そう感じた。怖い映画でなければなんでもいいと聞いておきながら、男の僕でも怖くなるような映画を初デートで見せる。


大事なのは、計画ってことですね。(武富士)


そうそう、映画はまあまあだったよ。

「1杯のかけそば」というと、困窮きわまった親子が一杯のかけそばを親子2人もしくは3人で分けて食べあうという涙なしには語りえない日本の美談のひとつである。全日本美談協会推薦の1品である。


ところが、日本のとある地方ではそばを1人で何杯も食べることを目的とする店舗があると聞く。そばを一杯食べきると間髪入れずに威勢のいい女将がもう一杯入れてくれる。「どんどん」とか「よいしょ」という掛け声のもと、次々に胃袋に消えていくそば。食べても食べても次々に注ぎ込まれる終わりなきそば地獄。


ひとはそれを「WANCO SOBA」と呼ぶ。


昨日、100杯食ってきた。


90杯目あたりで一瞬すべてを無にするアマゾンの逆流現象を自分の体内で再現しそうになるも、持ち前の忍耐でそれを防ぐ。関ヶ原で言えば、怒涛の如く押し寄せる小早川秀秋2万の軍勢を寡兵の大谷吉継が押しとどめた。そんな奇跡が起こった。


そして迎える栄光のとき(100杯目)。


栄光の100杯目は、小麦の味がした。


「1杯のかけそば」の親子が聞いたらなんと思うだろう。


そんな話。

「若い世代に愛なんてない」


そう語ったのは中村弘二。通称ナカコー。


今、たしかに僕の目の前に愛なんてない。彼女もいないし、できる気配すらない。おっぱいだって、半年以上前に無理やりつれてかれたソープの姉さん以来さわってない。


若い世代に愛なんてない。


ナカコーは歌う。


「そんな毎日を笑う」って。



今日、会社の先輩(美人)からバウムクーヘンをもらった。キャラメル味のバウムクーヘン。


若い世代に愛なんてない。だけど、バウムクーヘンはある。結構それだけで満足する俺。


そんな毎日を笑ってください。