Good as Gold
カイ様
こんばんは。
風邪をひいてしまい、喉が痛いです。
自分の真実を語ると書いた後に、喉にきたのがおもしろいですね。
さてカイ様の日記を読んでいて、友人の話を思い出しました。
あるすごい力を持った人の所に、友人が先輩と
(月先輩にしましょうか)一緒に、出かけたときのお話しです。
すごい超能力か霊能力かなんだかを持っている人は、
月先輩に言いました。「今のままでは、寿命は50前後でしょう。」
すると月先輩は、「うれしい!私は小学生のときから、
この人生が一刻も早く終わればいいと思っていたのです。
50だったら、ゴールが見えています。それなら辛抱できます。」
友人はびっくりしたそうですが、月先輩は本当にほっとした表情で、
重い荷物をおろしたかのようにすっきりしていたそうなんです。
百戦錬磨のすごい力を持った人もしばらくは無言だったそうです。
「問題は多層」とは気がつかなかったのか、気がついたのか、
すごい力を持った人は、今度はこう言ったそうです。
「あなただけじゃないです。あなたはそれでよくても、
このままだと家族も地獄に住んでいるのと同じですよ。」
さすがに月先輩もその言葉には、顔が曇ってしまったそうです。
我が意を得たり!とすごい力を持った人は、
月先輩の運命を変えるためのいろいろな方法について、
話し始めたそうです。が、商談は成立しませんでした。
しないでしょ。すごい力を持った人、すごい力で月先輩の心の闇を
どうにかしてあげなきゃ・・・。
カイ様のおっしゃること、とてもよくわかります。
ただ、今回のケースは、旅行や資格を取るということへの
投資ではありません。もっと切実な問題です。それは「杯」の問題。
どうして人には優しくできるのに、自分に対しては
そんなにまで残酷になれるのでしょう。
そして、慈悲を求めて彷徨っている。
・・・・・・。
私のもとへ来られたのもきっとそうですね。
正義や正解を求めてやって来たのではなかったのでしょうね。
解決方法を選択できない方、ご自分で責任をとることが
難しいというケースもありますね。
単純に自分が理解できないと受け付けないという頑固な方も。
「カルマ」が関係することもあるかもしれませんね。
タイトルのGood as Gold は
とても親切なという意味です。信頼できるという意味もあります。
それではまた。
ドーナ。
こんばんは。
風邪をひいてしまい、喉が痛いです。
自分の真実を語ると書いた後に、喉にきたのがおもしろいですね。
さてカイ様の日記を読んでいて、友人の話を思い出しました。
あるすごい力を持った人の所に、友人が先輩と
(月先輩にしましょうか)一緒に、出かけたときのお話しです。
すごい超能力か霊能力かなんだかを持っている人は、
月先輩に言いました。「今のままでは、寿命は50前後でしょう。」
すると月先輩は、「うれしい!私は小学生のときから、
この人生が一刻も早く終わればいいと思っていたのです。
50だったら、ゴールが見えています。それなら辛抱できます。」
友人はびっくりしたそうですが、月先輩は本当にほっとした表情で、
重い荷物をおろしたかのようにすっきりしていたそうなんです。
百戦錬磨のすごい力を持った人もしばらくは無言だったそうです。
「問題は多層」とは気がつかなかったのか、気がついたのか、
すごい力を持った人は、今度はこう言ったそうです。
「あなただけじゃないです。あなたはそれでよくても、
このままだと家族も地獄に住んでいるのと同じですよ。」
さすがに月先輩もその言葉には、顔が曇ってしまったそうです。
我が意を得たり!とすごい力を持った人は、
月先輩の運命を変えるためのいろいろな方法について、
話し始めたそうです。が、商談は成立しませんでした。
しないでしょ。すごい力を持った人、すごい力で月先輩の心の闇を
どうにかしてあげなきゃ・・・。
カイ様のおっしゃること、とてもよくわかります。
ただ、今回のケースは、旅行や資格を取るということへの
投資ではありません。もっと切実な問題です。それは「杯」の問題。
どうして人には優しくできるのに、自分に対しては
そんなにまで残酷になれるのでしょう。
そして、慈悲を求めて彷徨っている。
・・・・・・。
私のもとへ来られたのもきっとそうですね。
正義や正解を求めてやって来たのではなかったのでしょうね。
解決方法を選択できない方、ご自分で責任をとることが
難しいというケースもありますね。
単純に自分が理解できないと受け付けないという頑固な方も。
「カルマ」が関係することもあるかもしれませんね。
タイトルのGood as Gold は
とても親切なという意味です。信頼できるという意味もあります。
それではまた。
ドーナ。
問題は多層
ドーナさん、こんばんは。
ドーナさんが考えておられる相談者のケースは、言ってみれば、
「玉」の問題と、「剣」の問題の両者が争っているわけですね。
たしかに、大局的には、「剣」の問題が重要視されますし、
特に客観的に見た場合は、「剣」の立場をとりがちではありますが、
「現実的」という言葉が示すように、「玉」はまさに切実な「現実」
の部分での悩みになっています。
ドーナさんの語っておられる「相談者」にとって、リーダー側と
タロットの展開から判断して、「自分への投資が必要である」と
結論されたわけですが、実際には相談者は、「玉」の問題によって、
リーダーが示した決断を下せない状態ということのように想像
されます。
いえ、これは、ドーナさんのリーディングが誤りであるという
ことを述べているのではないのです。まず、人間は、「剣」の問題
より、「玉」の問題をどうしても重要視してしまうということが
いいたいのです。問題というものは、多層していることがほとんど
ですが、その逼迫した順序といえるものは、まずは「玉」の分野に
関わることといえるでしょう。
しかしながら、実は「玉」を動かすのも、「剣」からではないか
という気が僕にはしています。ですから、相談者の「剣」の部分を
リーダー側が動かしていく導きを与えるべきかとは思います。
今のままでは「剣」と「玉」の問題が相談者には融合されないまま、
残っています。リーダー側がタロットの展開から導き出した「剣」
の考えと、相談者の真の理想ともいえる「剣」の思いとは、実は
同じではあるのですが、重要なのは、相談者には同時に、「玉」の
問題もまた「剣」を覆い隠すほどの切実なる問題を抱えていると
いうことです。そして、タロットはこの二つの分野の矛盾した問題
さえも、クリアーすることが可能であり、ここをリーダー側が
タロットによって発見し、伝えていくことが必要ではないかないう
気がしています。「自分の価値を認めようとせず、なぜ行くべき
分野に投資しないのだろう」と、相談者のことを思われるかもしれ
ませんが、そこには相談者なりの玉への不安が確実に存在しており、
「どうして自分を成長させるはずであろう”剣”ともいえるもの
への投資をさせないのか?」ということを、タロットの展開から、
もう一度見直して見ると、新たな発見があるのかしれません。
これは、リーダー側からみて、明らかに相談者は自分のための
投資における玉(端的にいえばお金)は十分あるはずだと、
仮に判断できていたとしても、相談者自身が「”玉”を使えない
ためらいの気持ちを持っていること」が問題なのだということを
言っています。
とはいえ、タロットによる解決方法を提示したとしても、選択
するのはあくまで相談者であり、相談者自身のいわゆる「カルマ」
といいますか、タイミングといいますか、そのようなもので、
選択することができない方もいらっしゃるとは思います。
それがすべて、リーダーの問題なのかどうかは、僕にはまだ判断の
難しいところです。
それでは、また。
ドーナさんが考えておられる相談者のケースは、言ってみれば、
「玉」の問題と、「剣」の問題の両者が争っているわけですね。
たしかに、大局的には、「剣」の問題が重要視されますし、
特に客観的に見た場合は、「剣」の立場をとりがちではありますが、
「現実的」という言葉が示すように、「玉」はまさに切実な「現実」
の部分での悩みになっています。
ドーナさんの語っておられる「相談者」にとって、リーダー側と
タロットの展開から判断して、「自分への投資が必要である」と
結論されたわけですが、実際には相談者は、「玉」の問題によって、
リーダーが示した決断を下せない状態ということのように想像
されます。
いえ、これは、ドーナさんのリーディングが誤りであるという
ことを述べているのではないのです。まず、人間は、「剣」の問題
より、「玉」の問題をどうしても重要視してしまうということが
いいたいのです。問題というものは、多層していることがほとんど
ですが、その逼迫した順序といえるものは、まずは「玉」の分野に
関わることといえるでしょう。
しかしながら、実は「玉」を動かすのも、「剣」からではないか
という気が僕にはしています。ですから、相談者の「剣」の部分を
リーダー側が動かしていく導きを与えるべきかとは思います。
今のままでは「剣」と「玉」の問題が相談者には融合されないまま、
残っています。リーダー側がタロットの展開から導き出した「剣」
の考えと、相談者の真の理想ともいえる「剣」の思いとは、実は
同じではあるのですが、重要なのは、相談者には同時に、「玉」の
問題もまた「剣」を覆い隠すほどの切実なる問題を抱えていると
いうことです。そして、タロットはこの二つの分野の矛盾した問題
さえも、クリアーすることが可能であり、ここをリーダー側が
タロットによって発見し、伝えていくことが必要ではないかないう
気がしています。「自分の価値を認めようとせず、なぜ行くべき
分野に投資しないのだろう」と、相談者のことを思われるかもしれ
ませんが、そこには相談者なりの玉への不安が確実に存在しており、
「どうして自分を成長させるはずであろう”剣”ともいえるもの
への投資をさせないのか?」ということを、タロットの展開から、
もう一度見直して見ると、新たな発見があるのかしれません。
これは、リーダー側からみて、明らかに相談者は自分のための
投資における玉(端的にいえばお金)は十分あるはずだと、
仮に判断できていたとしても、相談者自身が「”玉”を使えない
ためらいの気持ちを持っていること」が問題なのだということを
言っています。
とはいえ、タロットによる解決方法を提示したとしても、選択
するのはあくまで相談者であり、相談者自身のいわゆる「カルマ」
といいますか、タイミングといいますか、そのようなもので、
選択することができない方もいらっしゃるとは思います。
それがすべて、リーダーの問題なのかどうかは、僕にはまだ判断の
難しいところです。
それでは、また。