小説「時代」 | みんなの事は知らないが、俺はこう思う。

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時事問題から身近些事迄、出来るだけ自分の視点や立場から熟考して書いています。時々空気を読まずに暴走したり、独善的に決め付ける事も度々あり。常識や良識からの逸脱必至。真面な方なら顰蹙間違い無し。それでも読みたい方は大歓迎です。尚、書評、音楽評も行って居ます。




 駿は高校2年生、朝に新聞配達をする以外は至って平凡て穏やかな男の子だ。

 彼は柴犬を飼っている。御年28才、可也の高齢だ。名前をケンタロウと言う。此のケンタロウは駿の祖母である華子の初恋の人の名前である。駿は中学生になると俄然ケンタロウに興味を持ち出し、中学生2年生の3学期になると本格的に世話をし出し、受験の日も世話を休まなかった謂わば「戦友」である。

 だが、駿には一つ気掛かりな事が有る。それはケンタロウがあれ程好きだった散歩や入浴を億劫がる様になった事だ。「ケンタロウ、お前の好きなお風呂だよ」「散歩だよ」と声を掛けても、気怠げな眼差しを向けるだけだった。そして、ぼんやりと華子の最も好きなCDを聴くともなしに聴いている様子なのだ。

 駿は奥手で、「道に迷った恋人達も巡り合って歩き出すよ」と言う所は理解の外だ。然し、「道に斃れた旅人達も生まれ変わって歩き出すよ」と言う歌詞には他人事とは思えない感じがする。そして、以下の考えに逢着した。自分には前世の感覚が色濃く残っているのだと。

 調べてみると、「時代」は中島みゆきと言う歌手が1975年に作詞作曲し、当時ブームとも言われる程大流行したそうだ。時代も、時代の雰囲気も違う。聴き飛ばして平然として居ても普通なのだ。その頃に前世の自分は何かの事情で落命して転生したのだろうか?

 その夜彼は悪夢に魘(うな)された。前世の彼は太って面皰(にきび)だらけ、酷い運動音痴であり、「黴菌(ばいきん)扱い」されて居た。特に女子からは煙たがられ、殴る、蹴る、聞こえよがしに「黴菌」と言うなどの酷い待遇を受けて居た。その為、彼は学校を休みがちになり、到頭高校を受験すらせずに引き籠り生活に入った。彼には二人の姉が居た。学友の女子に輪をかけて彼を嫌うのだ。彼は学校に行けない鬱憤を高価な物を父に買わせる事で満たして居た。彼の父は可也の資産家で、マンションを1000棟経営して居た。彼を目の中に入れても痛くなく思う子煩悩で、彼の贅沢の為にマンションを2棟売り払って居た。生涯マンションの家賃収入を当てに生きていこうとする姉二人にとっては空前絶後の脅威だった。

 彼が23歳の時だった。彼はこの日新発売のDVDと言う機器とソフト数枚を入手しようと目論んで居た。父が出張中だった。何時もは何か欲しいものがあると、父に入浴させて貰い連れ立って買い物に行くのだった。その時、彼は自分で買いに行くのだと頑として譲らなかった。ペーパードライバーであるにも関わらず、購入可能なのは二つ県を跨いだ繁華街にあると言うのに。数ヶ月間入浴して居なかったので、彼が通ると彼の母でさえ食欲をなくして寝込んだ。況んや二人の姉をや。父の車はディーゼル車だったが、姉は燃料にガソリンを混ぜて満タンにすると言う悪戯をした。

彼は高速道路に入ってからエンジンの不調を感じた。然し、ペーパードライバーで、自動車教習所で習った事など疾っくの昔に忘れて居た。パニックに陥った。軈て車は爆発炎上した。後には焼け焦げた一万円札が何百枚も降った……………


 前世の記憶を頼りに駿は自宅とマンション群を訪ねてみた。あんな広壮なマンション群なら何km先からでも認識出来る筈なのに、目的地は広大な更地となって居た。近所の人によると、姉二人が両親を老人ホームに放り込み、狂った様に散財したのだと言う。因みに、爆死した男性の名前は「賢太郎」と言ったそうだ。

 但し、華子が愛したのは、小学生の頃の賢太郎だった。何か武道を習って居る様な様子で、苛めっ子達を忽ちの内に蹴散らして呉れた。

 駿は誓った。この家族の轍は踏むまいと。