現在、全てが衰退し、空虚になる中、ゲームだけが肥大化しているそうだ。それは、ファンタジーの世界に逃げる人々が非常に多い事を意味する。それを私は現実からの逃避、実社会の厳しさ、苦しさ、虚しさを誤魔化す方便だと感じている。
どうせ現実から目を背けるなら、ファンタジーの世界に生きるなら、私は絶対読書に浸りたい。古今東西の世に目を向け、種々様々な時代、立場の異なる人々、身分の上下もなく様々な体験ができる。擬似体験ではあるが。昔から人は文字ができて以来読書に没頭して見聞を広げ、より良く生きる方法を掴んで行くのだ。
今、電車の座席を埋める人々の殆どは携帯電話の操作に余念がない。そして、非生産的と思えるゲームに没頭している。だが、日本が最も勢いを持って居た1980年代は如何だったか?携帯電話が一般化する前の2000年代は如何だったか?殆どの人々が読書を、中には分厚いハードカバーの本を読む人もいた。今とは正反対の姿である。時間を空費するのではなく、時間をかけて何かを学ぼうと、時間をかけて僅かに現実から逃れて空想の世界をさすらおうと言う人々の熱気は凄まじかった。
IT時代には情報を蓄積し、分析し、応用してきたに過ぎないと想う。空虚の蓄積である。「空虚の蓄積」からは何も生まれない。現実の、手で触れる事が出来ない虚構だからだ。その状態にどっぷりと染まってしまうと、人間の脳内は虚実内混ぜになって、不法薬物を口にした様な、重篤な精神病に罹患した様な状態となり、遂には廃人となるだろう。
産業革命以前の虚構や虚飾のない、「物事の情報化」が行われて居なかった時代に立ち返れば虚実内混ぜな状態から解放されるのではないだろうか?
実質が100%を占める時代に精神面だけでも立ち戻る時ではないだろうが?