先週の金曜の雪・・
さらに半端ない降り方になりましたね
雪だと 身動きが取れなくなるので
仕事もしばらく休みでした
車が動けるようになってからは
太鼓稽古があり
出演がありと しばらくバタバタしたけれど
ゆっくりとした時間を 過ごしていたような・・・
気がする
忘れちゃうんだよなー
基本的に 仕事以外のこととして
「誰かのために 有効な何かをする」 という行動を
とることが多い私は
「誰かのために しないでいよう」 思った 雪の土曜日
八方塞がりで なにも手につかなくなってしまった
結局 一日 なにも出来ずに過ごした
読書すら 頭に入らず 続かなかった
その一日は
「誰かのために なにかをしない」 などという選択は
私には 有効ではないということが
しみじみわかるために 必要だったのだと思う
その翌日
雪で 仕事が休みになった時点で
お世話になっている 森の活動の代表の方に
杉のさじを 作ることにした
動こう とにかく
この間作ったのは ひのきだったから
杉は すごく柔らかく感じる
こんだけ柔らかければ
彫刻刀で すくう部分をえぐることができるか・・と
あまり気が進まないものの 挑戦してみた
彫刻刀は 均等に彫るのが
私には難しくてさ・・・
けどね
慣れって すごいね
こんなに きれいに 仕上がった
U字の彫刻刀で チマチマと えぐっていった
フシのところは白いところよりも 硬いので
ちょうど力加減で フシ部分を平らにキープできた
これなら プレゼントとして
差し上げても 恥ずかしくはないでしょう
雪がたくさん降ったことで
「人のために 何かをする」 ということについて
じっくりと考える数日だった
公共の社会の中で
それにあやかって生きている以上
やはり 気づいた人間が
誰かのために なにかを自然にしていくことが
必要なのだと 私は思う
それが 得とか 損とかではなく
単に
私が ここで呼吸して
お日様を浴びて 暖を取り 水を飲んで
風呂に入り 食事をとり ゆっくり眠れるのは
私一人の力によるものではないことは
確かなことなのだから
それが叶っているのは
私が知らない誰かが
見返りのない善意のもと
どこかで働いていてくれているからで
それが 水面下に 知らされないまま
どこかで 行われている以上
誰に・・という 明らかな対象が分からずとも
「感謝」 の気持ちを
常に抱きつつ 生きるべきだし
私も 気づいたときに
私のできることを 何の見返りもなしに
行うのが筋というもの
ただそれだけのことなんだよ
それができなきゃ ヒトは 滅びるんじゃないかな
限りなく 自分勝手に
それぞれが成りつづけたら
滅びると思う
滅びたくないから
やるのではないのだけどね
私自身 実は
長生きしたいという欲求が
えらく少ない
前向きなくせに なぜか長寿への欲求が
ほとんどないのは
なぜなんだろう