新型コロナ感染による死者数は1月10日時点の類型で、わが国では約1.8万人、世界全体では約550万人と報告されている。
ちなみに2021年度のわが国の交通事故死者数は約2,600人とのこと。
さほどに意味はないが、わが国の2021・2021年の2年間の交通事故死者数は約5,500人であるから、新型コロナによる死者数は交通事故死者数の約3倍強ということになる。これを多いと見るか少ないと見るか。
人の死の原因は大ざっぱに分類して老衰死、病死、事故死、餓死、戦死であろうが、コロナ死は「病死」であり、交通事故死は「事故死」ということになる。第二次世界大戦以降、多くの国を巻き込んでの世界大戦は何とか免れてはいるが、世界を見ると休戦中の朝鮮戦争を除いても今なお各地で紛争や内乱による死者が続出している。かつての戦争は主として軍人・兵士の戦闘による戦死であったが、第1次世界大戦の頃より戦死だけでなく戦闘に巻き込まれた一般市民の死や戦闘の長期化による食糧不足からくる餓死や病死も増加してきている。
戦争は人の手によって人のいのちを奪う最も残虐な行為であり、多くの人命を奪ってきたが、今回の新型コロナなどのウイルスや細菌の流行による病死は、人のいのちが奪われるという点から言えば戦争以上の脅威であり、戦争・紛争抑止と並んで細菌やウイルスの世界的流行(パンデミック)の抑止が人類の存続にとっての二大課題と言ってよいだろう。
そこで、参考までに戦争・紛争による死者数とパンデミックによる死者数をいくつかピックアップして比較してみた。以下の通りである。統計によってかなりの差がある場合もある。
<戦争・紛争>(数値は兵士としての戦死者数が主であり、戦争に原因する餓死や市民の犠牲死は含んでいない)
* 日清戦争(1894~1895): (日本人の戦死者) 約1.5万人
* 日露戦争(1904~1905): (日本人の戦死者) 約6~12万人
* 第1次世界大戦(1914~1918): 約850万人(全体)。
* 第2次世界大戦(1939~1945): 約230万人(日本人の戦死者数)。約6,000万人弱(全体・市民はのぞく)。
* 朝鮮戦争(1948~停戦中): 約75万人
* アフガン紛争(2001~2021): 約200万人
* シリア内戦(2011~停戦中?): 約50万人
* イラク内戦・戦争(2003~2011): 約30万人
* クルド・トルコ紛争(1920~ ): 約5万人。
<パンデミック> (ちなみに、19世紀以前はペスト、これらなどの細菌によるパンデミックがヨーロッパなどにおいては大きな脅威であった)
* 新型コロナ(2019~ ): コロナウイルス。日本人 約1.8万人。 世界 約548万人。
* スペイン風邪(1918~1920): インフルエンザウイルス。日本人約45万人。 世界 約4~5、000万人(1億人との説もあり)。
* アジア風邪(1957~1958): インフルエンザウイルス。日本人約5700人。 世界 約100万人。
* 香港風邪(1968~1969): インフルエンザウイルス。日本人約2200人。 世界 約75万人。
上記を見てみると、新型コロナウイルス死者数はわが国に於いても世界的に見てもスペイン風邪に次ぐ死者数の多さで、アジア風邪や香港風邪をはるかに凌駕している。戦争や紛争と比較しても、さすがに足かけ7年にわたる第2次世界大戦には及ばないものの、今後も残念ながら死者の増加が予測されるために、足かけ5年に及んだ第1次世界大戦に匹敵すると言ってよい程の猛威である。南北朝鮮のみならず中国や米ソをも巻き込んだ朝鮮戦争に比しても3年の間で約7倍以上に達している。
これらを考える時、武力の充実を目指す防衛費に匹敵する程のウイルス対策費を投入することを考えなければならない。
北朝鮮や中国の攻撃に備えての安全保障対策もであるが、パンデミックから自国民の、更に言えば世界の人々の生命を守るためのを安全保障にもっと国費を投入してしかるべきではないか。コロナ禍は戦時下と同様である。
ワクチンや治療薬から国防、食料自給率の向上等々は国民の生命の安全保障の根幹に関わるものである。しかし、わが国はこれらの分野において悉(コトゴト)く他国に依存している。それを考える時、わが国はなんと自立・自律できていない国家なのかと思う。これでは真の「独立国家」とは言えないだろう。
赤字国債の発行は留まるところを知らず、少子化には益々拍車がかかり、高齢化・長寿化は喜ぶべきことであろうにも拘わらず高齢者福祉は貧弱化して高齢者は国家のお荷物扱いされる状況となっている。これらの課題は悉(コトゴト)く解決に向き合う具体策は実行されず「臭いものに蓋(フタ)」ばかりに誤魔化して先送りされている。「百年の体計」どころ百年先への責任転化・責任放棄に有様である。
敗戦後の復興から所得倍増、一億総中流を謳ったわが国は、今や金銭面や物質面のみならずこころの面までもが貧しくなってきている。政治も経済もが貧困化してきている。「自己責任」が強調され、「相互扶助」の精神も弱まりつつある。一部の豊かなる者と多くの貧しき者と、国民の間の格差も様々な面で広がってきた。モノもココロも貧困な国家に転落しつつあると言えよう。
かつてヨーロッパの宣教師が「貧しいが心豊か」と褒めた誇り高き先人たちの人間性を、先ずは取り戻さなければならない。
その先頭に立てる政財界のリーダーを求め選出する世論を我々国民一人ひとりが作り上げなければならない。それができる力を養わねばならない。
コロナによる禍(ワザワイ)を禍に終わらせず福を導く契機とするための2020年でありたいものである。……… ごきげんよう。