明日4月1日より、一部食品などの生活用品をはじめとして値上げが始まる。勿論、値下げする商品もあるにはあるが一般庶民の日常生活にとって、衣・食・住、とりわけ「食」に関連する商品の値上げは打撃である。さらに10月だったかに値上げが予定されている商品もあり、加えて痛手は「消費税増税」である。

 

 動きの悪い私は値上げ前日の今日になって慌てて少しでも買いだめできるものを買おうと久しぶりにスーパーへ出向いたが、時既に遅しで、値上げ予定商品は売り切れてしまっていた。この状況から察すると今後買い控えが進み、生活必需品の消費は落ち込み、低価格商品への買い換えが相当に進展するだろう。消費者はもちろんだが、スーパーをはじめとする小売店も売り上げが低迷する厳しい時期が訪れることになる。売れねばメーカーも生産縮小となり、景気の一層の低迷に落ち込むことは火を見るよりも明らかである。

 

 貧富の格差の拡大、少子高齢化が進み年金生活者が増加し更には母子家庭や高齢者の貧困が拡大して生活保護家庭が増大する中で、消費税を増税する前に、政府が為さねばならない手立てがあるはずである。生活保護家庭増による生活保護費増の財政負担を云々する前に、生活保護を受けずとも自活できる手立てを講じることがこそが喫緊の課題である。好んで生活保護を受けている方はほとんどいない。受けざるを得ないから<やむを得ず>受けているのであるから。

 

 高齢者の年金生活家庭にしても、年金の目減りの中でさらに生活必需品の値上げや消費税の値上げは「死活に関わる」問題である。赤坂なんぞの有名料亭や高級レストランで食事をし、金に不自由もしない政府要人には、夢も希望も趣味も持てず、死ねないから生きている、生きている限りは食べねばならない「食べることに汲々とせざるをえない人」の気持ちなど解りようがないのだろう。

 

 国民のほとんどは「ユスリやタカリではない」のだから、保護や援助は受けないですむものなら受けないで「自活」・「自立」したいのだ。それがそのように出来ないところに問題があり、その問題解決こそが<政治>の果たすべき責任である。その責任を果たそうと真剣に課題解決に取り組んでいるとは安倍総理のニタついた他人(ヒト)を見下したかのような醜悪な笑顔を見る限り信じられない。

 「消費税増税ありき」のような欺瞞に満ちた既成事実づくりはやめるべきである。国民の批判を避けるために、あるいは選挙向けに消費税値上げとその批判隠しに消費税をいじくり回しているのが実態である。

 

 われわれ農漁村などの住民は野菜あるいは魚にはさほどに不自由しないので生命維持は出来ようが、都市の住民の貧困家庭となると健康維持さえもが不安な実態であろう。富裕層のご機嫌ばかりとっておらず、政治家にとってはメリットにはならないだろうが、だからこそ貧困層にスポットライトを当てて対策すべきである。

 

 政治家は「水戸黄門」の悪代官のようになってはならないし、財界のリーダー達は悪徳商人のようになってはならない。

 しかし実態は、正義は死んだ。「仁政」は忘れられた。「美徳」は死語となった。「六本木ヒルズ」やら「食品ロス」やら「インスタ映え」やらの言葉の陰で大切にしてきたはずのものが死んでいった。

 

 「脚下照顧」で足下をよくよく見れば、空虚な落とし穴が口を開いているのに気づく。ニーチェの予言通り「神は死んだ」のだ。