思い出して、改めて「素晴らしい」と再認識した校訓…… ご紹介します。 | 太郎椎茸のブログ

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 昨日は月に1・2回あるや無しやの快晴、これこそ<小春日和>というやつかと気分ルンルンでしたが、さすがに但馬の地、今日は朝から早くもいつ小雪がちらついても不思議でないような鉛空・寒空。「弁当忘れても、かさ忘れるな」とは本当によく言ったものです。先人はうまいこといいますねえ。

 そんなもので、外に出る気にもなれず朝食後は新聞を読んで、テレビを見るともなく見て、それにも飽きればPCでインターネットで時間つぶしのような全く「怠惰」を絵に描いたような無様な生活ぶり。自らを恥じながら嫌になっていると、私を育ててくれた学校の”校訓”が頭に出てきた。この校訓は今も学校の校門を入ったところに驚くほど大きな石に刻まれてある。その校訓は、私がそこで育てられていたときには全く認識していなかったが、そのご教員になってから知って、いわば感動し、以後の教員生活の支えとなった言葉であります。

 

 その校訓の言葉とは、「自己を知り 自己に培い 社会を知り 社会を愛せ」である。「自己を知り」とは自覚的な生き方をせよと言うことであろうし、「自己に培い」とは知識や教養やを身につけ智恵と人徳を養いなさいと言うことであろうと受け取っている。そうして、自己成長に留まらず、さらには社会を知ることの重要性が説かれている。加えて、「自己成長」と「社会認識」はそれが目的ではなく、社会を愛し、世の中・社会のために尽力できる生き方をすることがこの世に生命を与えられて生きている「人生の意義」であると説かれていると考える。まさしくその通りであると、今も思い出せば身が引き締まる。

 

 最近の自己の怠惰な生き方にたいして、もう一人の私が警鐘を鳴らしてくれたのであろう。

 明日も小雪がちらつく天気予報ではあるが、明日から気を引き締め直してポジティブで活動的な日を過ごそうと思った。それがウソにならないためのブログです。

 

 ……… それでは、ごきげんよう。