秋の山が紅葉してきた。竹田城(虎臥城)の雲海も見事に冴え渡り、日に日に「天空の城」が雲海に浮かび上がってくる。

 PRになるが、私の栽培の原木椎茸を「天空の城霧しいたけ」と名付けたのは、この雲海と同じ川霧を受けて発生し育つからである。

 

 それはそれとして、既に何回か似たようなことをブログに書いたが、里山に入り、シイタケの原木となる木を伐りだし椎茸を栽培いていると、また中山間地において農作業に従事していると、農山村の荒廃が身にしみて感じられるのである。海においてもプラスチックゴミの海洋生物への悪影響が叫ばれているのだが。

 これらの環境破壊は、まさしく<亡国>につながる。タイトルにも書いたが、「国敗れて山河あり」で戦いには敗れても山河・自然は残るだろう。しかし、現在の日本の自然は我々のご先祖・先人達が営々として作り上げてきた「生きるための」「人の手の加わった」自然であるが、その大切に守ってきた自然が壊滅の危機にある。そうしてそれを体感していない都市住民の多くは知らないし、政治家も経済人の多くも本気で危機の克服に挑もうとしていない実態がある。

 

 縄文時代末期から始まったとされる農耕・牧畜がわが国の昭和初期までの人々の営みの基本であった。身近な自然から「衣・食・住」を恵まれ得てきた。例えば、室町時代、西暦1520年の「今堀日吉(ヒエ)神社文書」を一つの例として考えてみたい。論文ではないので雑な論評だがご容赦を。

 これは惣掟(村掟)として、共同体の住民の生活ルールの定めであるが、そこには、まず博打(バクチ)や遊女に宿を提供することを禁止し、次いで「惣(ソウ)・私の森林の咎(トガ)の事は、マサカリキリハ(鉞伐り)ハ三百卅文、ナタ(鉈)・カマ(鎌)キリハ二百文、手オリ(折り)木ノ葉ハ百文の咎なり。(後略)…」と示されている。惣(村)の入会地(共有地)や個人所有の山の木は勿論木ノ葉一枚たりとも盗むことを禁じ、盗んだ場合は罰金を科している。木は建材はもちろんだが、生活に不可欠な燃料としての薪や炭の原料であり、木ノの葉は草木堆肥の原料である。それほどに里山の恵は重要であった。この掟(オキテ)からも解るように古代より我々の先人は<里山>を大切にし、手を入れてきた。

 里山環境は自然ではあるが、<放置された自然>ではない。先人達は少しでも自分たちの生活を豊かにするために、野山に手を入れて斜面を段々に石垣を組んで平面にして棚田を作った。自分が農作業をしてみるとよくわかる。棚田は綺麗だ・美しい・素晴らしいと言われ実際そうなのだが、先人は後世に美観の評価を得るために作ったのではない。必死の、生き継いでいく生活の戦いの結果であろう。その棚田を作り上げた先人の労苦はいかばかりのものか、と思う。例えようもない労苦であったろうし、平地ではない斜面に作られた棚田の耕作や維持・管理もまた重労働であったろう。

 

 また、戦国期以降であろうが、税から逃れるために山中に「隠し田」も作った。「隠し田」であるから、当然役人の目の届かぬ所に秘かに

開墾して耕作したわけであるから、あまり陽当たりの良くない場所であったから、取れ高は低かったであろうし、バレはしないかとの恐れを抱きながらの営みであったろう。しかし、生き死にに関わる貧困の中でやむを得ざる営みであったろう。食べ残しが多く捨てられる現在のわが国のMOTTANAI状況を先人が見れば如何思うであろうか?

 また、換金作物として、蚕のえさとなる桑、紙の原料である楮(コウゾ)やミツマタ、漆塗りやろうそくの原料となる漆(ウルシ)、櫨(ハゼ)、藍染めの藍(アイ)、化粧品や染料の紅花(ベニバナ)等々を栽培して、農地や里山が維持されてきた。命がけで守られてきた。今を生きる自分たちの命のために、そうして後を継いで生きていくであろう子孫のために。

 

 しかし、現在は農山村の農地も里山も荒れ果ててきた。専門家ではないからうまくは説明できないが、敗戦後の産業構造の大きな変革、第一次産業から第二次・第三次産業への移行がその原因にあると言えよう。重化学工業製品の輸出とそれらの原材料の輸入の関係から、大きな港湾部に大工業地帯が作られ、そこに農山村部から多くの人々が労働者として人口流出していった。安価な農林産物の輸入により材木の価値も農産物の価値も下落し、農林業では食べていけない時代となり、農業はじいちゃん・ばあちゃん・かあやんの「三ちゃん農業」となり、父ちゃんはサラリーマンとなった。よりよい生活を求めて農山村の若者は大量に都市へと流出した。

 農林業の労働力不足・従事時間不足を補うために農業機械化が進行し、農業機械が利用できないような農地は耕作放棄地となり、都市に出たまま帰らない不在家庭の農地もまた耕作放棄地となり荒れ果てていっている。年に数日しか使わないコンバインや田植機・トラクターなどは高額なため小規模農家にとっては、農地保全のために農作業をしているようなもので、殆どが赤字経営に近い。

 林業においても同様で、木材も価格低落が激しく、伐採・運搬しやすい林道沿いの地域は別として木材販売価格よりも人件費のほうが高額で生活するには成り立たない。従って、里山にさえ人手が入らず、間伐をしないために木も育たずヒョロヒョロで、少しの風雨にも耐えられずに倒木し、崩落、土石流の原因となる。人が山に入らないため、林道や作業道は荒れ果て、寸断され、儲かりもしない山に誰もお金を投入して修復したりするわけもない。きっと、いつか我々は自然から罰を与えられるだろう。もう、少しずつ罰を受け始めているのかもしれない。

 鹿が増えそれにくっついて山ヒルが増え、ダニが増え、猪や猿も民家近くにまで出没し、熊さえ人里に出てくるようになった。そのため、一層危険で人々は山に入らない。

 

 確かに第2・第3次産業の発展、貿易のお陰でわが国は経済的に豊かになった。しかし、その豊かさと引き替えに環境は破壊され、災害に襲われ、多くのものを失った。先人達は山の麓に家を建て、日の当たる平地は農地として大切にしてきた。その農地が道路に変わり、インターチェンジとなり、宅地となっていく。無惨としかいいようがない。ノアの箱舟やバベルの塔の話を想起する。この偏った発展は滅びに繋がると恐れる。「計座的発展一辺倒」という悪魔に魂を売り渡して得たわが国の繁栄。

 

 もうアホな豊かさはいい加減で良い。「起きて半畳、寝て一畳。天下とっても二合半」ではないのか。飢えない程度は必要だが、六本木ヒルズだの…… セレブだの、そういう価値観を転換させる時代に来たのではないか。転換させねばならないのではないか? 国の借金は増え、人口減少は加速し、年金の将来も危うい。今のこのような状況を予測し、適切な対応策をとった政治家は残念ながらいなかったのだ。目先のことにのみ心奪われ「百年の大計」に心砕く人材がいなかったのだ。今の安倍総理も籠池だの加計学園問題だのといったレベルで駆け引きしているようでは全く頼りにならない。それがまた、長期政権の中でいっぱしの大政治家気取りでいるから鼻持ちならないし、情けない。

 

 国民に夢や理想を語り、経済的豊かさ優先ではない心の豊かさに誇りを抱かせる人物はいないのか。屁の役にも立たない政治家など不要である。害悪をまき散らしてジャマになるだけではないか。腹立たしいので極論を言うが、国民に奉仕する理念を持った誇り高き官僚がいればお前達税金泥棒などいなくても国は回るのだとさえ言いたい。

 

 今度また消費税が上がるという。上げた分を何に使うのやら。総理をはじめ閣僚も信頼できない。期待できない。もうどうにでも勝手に国政をいじり回せよ、といった諦め?の心境である。

 

 ここのところ体調不良のため、このテーマで書き始めてから今日まで5日かかった。

 地方の荒廃が言われて久しいが、自治体の努力や住民の努力によってたまに回復の例を見聞するが殆どは、荒廃に拍車がかかるのみでそれを阻止する有効な具体策が示されて実施されたことを私は知らない。それこそが、わが国の国政の真に取り組まねばならない第一の政策ではないのか。肝心の所に手がつけられず「外交」とやらに目くらましして逃げるような総理と、それを支える与党の国会議員と、政権を取って代わる力を持たない野党と。烏合の衆というか何というか。ほんとうに国会議員など不要だと言いたい。

 

 といったところで、今回は長くなりました。…… それでは、ごきげんよう。