幸せなお話でなくて恐縮ですが、今日も親族のお葬式に大阪まで行ってきました。ここ3年くらいは2ヶ月に1回くらいの割合で親族・知人のお葬式に参列していたのが、今年は何と1ヶ月に1回程度の割合で喪服(略礼服)を着ています。勤務時代には毎日スーツを着ていたのが退職後は殆ど着なくなったのに、喪服は度々の着用です。それに対して結婚式はここ2年間1度も出ていません。
私の区は30家族超の小さな区なのですが、なんと子どもと言えば小学生が3人いるだけで中・高生は一人もいません。私が子どもの頃はベビーブームの時代でしたから、1学年だけでも5人いました。高校は1クラス53人の6クラスでしたが今や40人クラス2つになり、1/3以下の減少です。日本人の人口が増えすぎてどうなるのやら、一時期の中国のように一人っ子政策でも採らざるを得ないかと心配したのが嘘のようで、少子高齢化の進展と若年労働力不足が嘆かれるような時代になろうとは全く予期していませんでした。
しかも、少子化の中で高学歴化が進展し、高校卒業と共に若者は都市部に出てしまい、そのまま戻ってこないために田舎はますます少子高齢化が進展し、私の住む区も限界集落に突入して3年目を迎えます。古稀を迎えた私が区の男達の中間の年齢層といった具合ですから。20代・30代の男は皆無と言ってよいくらいです。あ、それでも3人はいましたか。
私の家は私で14代、古いだけの家で修理しなければならないところだらけですが、お彼岸にお墓に行ったら、ご先祖様の墓石が右や左や前や後ろやと傾きが大きくなって放置すればひっくり返っちゃいそうになって、この際、お墓の修理と我々の準備をすることにしました。夫婦の独立した石碑はやめて、我々夫婦から戒名板にしようかとも考えています。
お墓と言っても、果たして子孫達がお参りしてくれるものか、守ってくれるものか何の保証もなく、放っておいても良いとも考えましたが、娘に相談したところ修理に賛成してくれ、私たちが後を守ると言ってくれましたので、この際、修理しようとの「元気」が出ました。
「終活」とか、我々が若い頃には思ってもみなかったような死に際に際しての対応策を考えねばならない時代になったのですね。お葬式も親戚・知人が参列しての、いわば華やかな葬式から、家族葬など簡略化(?・意味が違うのかもしれません)したものが増加してきました。いわゆる「香典(香料・ご仏前等)」も廃止し、かわりにお返しもしないというお葬式も増えたようです。メリットもあるのですが、めんどうを避けているようでもあり、是非は言えませんが絆が弱まったようでもあり、寂しい気もします。それぞれに事情もあり是非を言う気もありませんし、安易にとやかく言うものではありませんが。
ただ、私の場合は有り余るお金があるわけではありませんが、今の「私」があるのはご先祖様との繋がりの上にあり、ご先祖あっての私であるという気がしていますので、私が生きている間は少なくともご先祖様をまつって行きたいと考えています。「ルーツ」とでもいいますかね。その後は次世代の心に任せるほかなしと考えます。強制はできませんし、強制しても私はその時はいないのですから。
それはともかく、よくよく考えてみると、私は自分を「不幸」だと思ったことがないのです。不愉快なことも苦しいことも悩みも人並みにはありましたが、「不幸」だと思わなくて済んだのは、ご先祖様と妻・娘とその夫や孫などの家族のお陰であると感謝しています。
今夜は、「感謝」で終わります。ごきげんよろしく。