公式には宣教師フランシスコ・ザビエルが訪日して以来、多くの諸外国人がわが国を訪れ、我らが先人について評価している。
まずは、その感想・評価について私が代表的と考えるものをいくつか紹介したい。今回のブログではその紹介のみにとどめ、何故そのような評価を受ける日本人が形成されてきたかの私見は次回に譲ろうと思う。
まず、1549年(ちなみに、織田信長は16歳)に来日した宣教師F・ザビエルは、当時の日本人を評して「とても気品があって、驚くほど理性的、慎み深く、また才能があり知識が旺盛で、道理に従い、その他さまざまな優れた素質を持つ」、「日本人はたいへん善良で、社交性があり、また知識欲がきわめて旺盛です」とも述べている。また、天正の遣欧使節の派遣に尽力したアレッサンドロ・ヴァリニャーノは「人々は……きわめて礼儀正しい。一般庶民も労働者もその社会では驚嘆すべき礼節を以て上品に育てられ、あたかも宮廷の使用人のように見受けられる。この点においては東洋の諸民族のみならず、我々ヨーロッパ人よりも優れている」と述べているし、信長や秀吉とも知己であり日本人好きであったというオルガンチーノは「……この国民は野蛮でないことはご記憶ください。なぜなら、信仰のことは別として、私たちは互いに賢明に見えるが、彼らと比較すると甚だ野蛮であると思う。私は、真実、毎日、日本人から教えられることを白状する。私には、全世界で、これほど天賦の才能を持つ国民はないと思われる」と述べている。彼らが滞在した時期は戦国時代末期であるから、まだ藩校も塾もなく、庶民が学ぶ寺子屋も殆どない時代で、主として武士階級は寺院に於いて僧侶から読み書きを学んでいた程度であろうから、庶民は殆ど文字を知らず学問も専門的には学んでいない時代であった。子ども達は耳学問で、大人達から知識や生きるための知恵、人としての生き方などを学んだのであろう。
その後、江戸時代初期、徳川綱吉に拝謁したドイツの博物学者エンゲルト・ケンペルは、「世界中のいかなる国民でも礼儀という点で日本人に勝るものはない」、「手先が器用で頭の働きがよい点で、日本人は他の諸国民より優れている」などと評している。フランス人でありながら来日しオランダ商館長までなったフランソワ・カロン(1619年来日し20年以上滞在)は『日本大王国志』のなかで、日本人は名誉を非常に重んじ恥を知り、名誉を守るためには喜んで命を捨てる。こうした特質から、「この国民は信用すべしと認められる」と断言し、軍事力をもって服従させる手法は他のアジア諸国と異なって通用しない、と強調している。江戸時代に入ると幕府は勿論各藩にも武士のための藩校や武士も一部庶民も学べる塾が生まれ、庶民もいわゆる「読み・書き・そろばん」と言われる学びを寺子屋などで学び始めて識字率も高まってくる。
幕末に来日したシュリーマンは中国滞在の体験から、渡し船に乗った際に規定の数倍の料金を渡したが、船頭が怪訝な顔で余分の金をつきかえしてきたと、日本人の正直さに感心している。また、日本人に厳しい評価を下しているオールコックも、「日本の文明にはまた道徳的及び知的分子(知的好奇心の旺盛さ)なきにあらず。しかもその量はアジアの他の国々より遙かに多し。」と指摘している。1859年に宣教師で医師のジェームズ・ヘボンは、「日本人は……西洋の知識と学問に対する好奇心は同じ状態にある他国民のとうてい及ぶところではない」と述べている。従来の儒学・国学などに加えて蘭学も活発化し、学びの内容も政治・経済から兵学・医学など多岐にわたって活発化した学問熱の高揚した時代であった。
また、ハリスの通訳として活躍したヒュースケンは、「この国の人々の質朴な習俗と共に、その飾り気のなさを私は賛美する。…」と述べているが、多くの欧米人にほぼ共通しているのは、「人々は貧しい。しかし貧困ではない(幸せそうで高貴である)」ということであり、アメリカ人のモースも同様のことを述べている。初代駐日アメリカ公使のハリス自身も、「これまで見たどの国よりも簡素さと正直さがある」と述べ、加えて「この日本を開国して外国の影響を受けさせることが、果たしてこの人々の普遍的な幸福を増進するゆえんであるかどうか、疑わしくなる」とまで語っている。「欧米では裕福が幸福であり、貧しいことは惨めな生活を意味するが、日本ではそうでないということに驚いているのである。また、幕末に薩長などと商取引したT・グラバーは、「……賄賂を懐に入れるような武士は一・二の例外を除いて一人もおらず、みな高潔かつ清廉であった。このことはぜひ特筆大書して後世に伝えていただきたい」と賞賛している。
長くなりますが、もう少し。日本アルプスを世界に知らしめたイギリスの登山家W・ウェストンは、「教育のない日本の田舎人ほどの、真の意味の紳士を日本の内外で、私は見たことがない」と語り、あのラフカディオ・ハーンは、「日本人の頬笑みは、念入りに仕上げられ、長年育まれてきた作法なのである。それはまた沈黙の言語でもある」と述べ、加えて「日本には美しい心がある。なぜ、西洋のまねをするか?」 と嘆いている。
勿論、外国人から見て、衣食住に関する違和感や動物を殺してその肉を食べることはしないのに、戦国時代の日本人はなぜ人殺しである戦を度々行うのか、その他切腹など理解しがたいことに感じられることは多かったであろう。しかし、とりわけその精神性の高さには総じて敬意を持っていることがわかった。生活は貧しいが心は豊かで身体は清潔、精神は正直・誠実で心温かく親切である。恥を知り罪を恐れ、誇り高く高貴ですらある。知的好奇心も勤勉さも優れている、と明治初期までの訪日者・日本滞在の外国人の多くが高い評価を述べている。
このわれわれ日本人の先人の素晴らしいと評される人間性の高さはどこから育まれてきたのであろうか。現在もなお、「おもてなし」・「正直・誠実」・「清潔さ」・「勤勉さ」・「マナーのよさ」・「親切」など、日本滞在者や旅行者など外国の方々から高い評価を得ている。しかしながら、経済界、政界、教育界をはじめ庶民の生活に至るまで、破綻が生じ始め劣化が進行している。豊かな生活と引き替えに魂を売ったのか? 何を失ってきたのだろうか。そこらあたりを次回に考えてみたい。誇り高く生きたいものです。
それではごきげんよう。