本当にお久ししぶりです。2月末以来ですから。いろんな理由で書く気になれなかった、という言い訳です | 太郎椎茸のブログ

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 以前から私が小規模な椎茸栽培をしていることはご承知の通りです。ニックネームである「太郎椎茸」、商品のラベルの表示「天空の城霧しいたけ」(無断で名乗っているブランド名ですが)はその椎茸栽培からきています。

 私の椎茸作りは全くの自然任せなので天候に左右される度合いが強く、普通は11月末から翌3月末までが発生期間なのですが、生しいたけとして一番稼げる「鍋物」のシーズンである12月末から2月末までの発生が悪く、2月末から3月末にかけてどっと大量発生しました。従って、今回は生しいたけでの稼ぎには期待できず、仕方なしに手間暇掛けて包丁とまな板でスライスして、スライス椎茸としました。何しろ零細経営ですからスライサーなんて優れたスライス機会も持たないので、肩をこらしながら指を切らないように注意して男の不器用な手つきでの忍耐のカットでした。4月半ばまで半月遅れで発生しました。スライスの手間を掛けた分多忙でした。椎茸に振り回された3月・4月でした。

 ところが、世の中、何が良くて何が悪いのか、人間様の考えなど及ばないのが実態で、何と乾燥椎茸として4月から販売してみるとスライス椎茸の方が丸の椎茸より2:1、いや3:1位の確立でよく売れるのです。正直驚きでした。どうやらお客様にしてみたら、スライスしてある方が戻りも早いし、丸で煮染めにでもしない限りどうせスライスして食材に活用されるので、スライス椎茸の方を好んで購入されるようなのです。何が幸いかわからないものです。

 生にしろ乾燥にしろしいたけ商品は主として<道の駅・たじまのまほろば>に出荷しているのですが、一部は縁あって、ミシェラン1つ星の<靱本町・がく>(大阪市西区の割烹料理店)で食材として活用してもらったり、知人に「進物用」として贈らせてもらったりもしています。原木も約1,000本から1,500本強に増えますので、本年末からは、先述の<靱本町・がく>の店主のご紹介で販路を広げたり、芦屋の「野菜王子」こと福原悟史さんのオーガニック野菜店で取り扱ってもらえるように交渉を始めたりしています。原木椎茸は化学肥料も化学殺虫剤も全く使用しない自然栽培ですし、低カロリー、高栄養で美容はもちろん健康にも有用な食品なので、食材としての使用度は低下していますが、煮て良し焼いて良し、副材のみならずメインの食材にさえなりますし、香り良し食感良しと活用できますので、ぜひ多くの方々に改めてよさを見直していただきたいと念願しています。また、品質も零細経営ゆえに逆に行き届いた世話と選別ができていると自負もしています。

 現在は椎茸栽培は一段落し,ジャガイモ・里芋などの芋類や大豆などの豆類、きうり・なす・ピーマン・トマトなどの実野菜類、アスパラ、キャベツ、ブロッコリーや小松菜・チンゲン菜などの葉物、菊や百日草・ダリア・向日葵などの夏花の種まきや苗植えに大忙しです。あとは、丹波黒大豆の種まきと岩津ネギの苗植えが控えています。お米は作っていませんが、晩秋から初春はしいたけ、春から秋は野菜作りとなかなかにゴロゴロなんぞしておれません。定年退職したら「晴耕雨読」と気取るつもりでしたが、雨読もままならないのが実態です。でも、よくよく考えてみると、働く仕事があることは幸せなことで、大げさに言えば古稀を前に自己の存在価値を実感できることは幸いです。退職して暇になっただろうといろんな所から役職も回ってきて、正直面倒でもありますが、まあ人様のお役に少しでも立てるならばこれもまた幸せとできることはやらせていただいています。

 今日は雨で、久しぶりにブログを書いてみる気になりました。「エンディングノート」にもそろそろ取りかからねば、「終活」とやらにも薬酒せねばと思いつつ、今のところそのお暇もありません(ではなくて、その気にもなれません、が正解かな?)。久しぶりに、大好きな曲の「歌いつづけて」を加藤登紀子さんの声で聴きました。最近の彼女はともかく全盛期尾彼女の声は艶といいキレといいいいですねえ。改めて聞き惚れました。ついでに元となったダリダの歌も聴きました。彼女もさすがですね。他にも3名の歌手の歌も聴きましたが、先の2人に比べるとダメでした。声、雰囲気、魂等々難しいものです。次に「百万本のバラ」を聴きました。アーラ・プガチョーワが歌ったのが最初と聞いていましたが、さらに元となる歌があって、それがラトビアのアイヤ・クレレが歌った「マーラが与えた人生」というロシアのラトビアに対する圧政に対する批判・抵抗を込めた歌だったようです。アイヤ・クレレの歌も、アーラ・プガチョーワの歌も、加藤登紀子の歌もそれぞれに個性的で魅力があり、更に加えて久保田早紀さんの「百万本のバラ」もやわらかな風味があり素敵でした。

 70円近くを生きて古稀を前にし、自分を不幸だと思ったことが一度もない生活を送らせてもらい、さほど経済的にも苦労したこともなく、家族にも仕事にも恵まれて生きてきたはずなのに、「今生きていること」に何とも言えない欠乏を感じます。「幸せであるが故の甘え」なのでしょうか。「贅沢な悩み」なのでしょうか。「感謝を忘れている」のでしょうか。そのどれにも当てはまるのでしょうが、空虚感というか、喪失感というか、存在意義を感じられなくなったというか、なににせよ「生きがいのなさ」を今頃になって感じるようになってしまいました。死にたいとは思いませんが、しなければならないものを失い、やりたいものを持てず、生命をまだいただいているから生きている、といった感じです。生きたくても病気で命を限られてしまっている方々があります。生きたくとも事故や戦争で命を奪われてしまう人々も多くあります。その方々に比べれば、命をまだ奪われずに生かしていただいていることは感謝すべきこと、もったいないこと、喜ばしいことであるはずですし、先に述べたようなことは、罰当たりな贅沢な甘えにしか過ぎない。老い先がもう長くなく、近い将来に迫ってきているであろうことに対する漠然とした「不安」からきているのやもしれません。自分の人生、自分という人間をトータルに振り返って捉えてみて、確かに「不幸ではなかった」けれど自己肯定できるだけの充実したものではなかった、弱みの多い、欠陥だらけの人間であった、と自己認識しているが故の自己への不満によるものなのかもしれない。退職して自分の自由な時間が増えて、気紛らしが減ったのが原因かもしれない。哲学を少しはかじって、少しは自己を見る目を培ってきたつもりであったが、自己の確立どころか、自立・自律どころか、本当には殆どしっかりと異聞を見つめてこなかったことを今更ながら痛感する。70歳を目前に、少しは「生きた」といえるような生き方を模索していこう。自分なりに自分で自分を納得した形で死を迎えたいものだ。

 以上、脈絡のない3つのことを思いつくままに書いた。私のブログは、日記のようであり、備忘録のようであり、随筆のようなときもあり、まさしく「つれづれなるままに……」である。

 明日は、田畑の畦の草刈りと、大豆植えとできれば菊の挿し芽もしてみたい。トルコ桔梗がそんなに発芽させるのが難しいとは知らなかった。百日草とマーガレットと千日紅は芽を出した。落花生ととカボチャはまだ芽を出さない。そういえば、ほうれん草もミニ向日葵もまだ芽を出していないなあ。そういえば、椎茸の原木を置く新たな場所(ホダ場)の準備とホダ場の周囲に鹿進入防止用のネットも張らなければならない。することは沢山ありすぎて、先に述べたような人生の生き方の思索や悩みもゆっくりとしている間もないか。さあて、何が幸せなのか、どのような生き方・死に方が良いのやら。

 まさにとりとめもなく、バカげたブログでした。さあて、次回はどのようなことが書けますやら。それまで、ごきげんよう。