Eglogue, Op. 29
Eglogue, Op. 29 · Sara Ligas & Luca Nurchis
Mouquet: Complete Music for Flute and Piano
℗ Brilliant Classics
Released on: 2017-11-24
Composer: Jules Mouquet
Music Publisher: Brilliant Classics
文学においても、絵画においても、勿論音楽においても、作者が自分の語法を持つと言うことは重要で偉大なことだと思います。いわゆるモーツアルト節であり、或はベートーヴェン節とも言えるものです。また逆に言えば、何を書いても同じ響きがすると言うことも言えるかもしれません。しかしながら、これは程度の問題だと言ってもいいですし、深みの問題でもあります。
モーツアルトの天真爛漫さは、ベートーヴェンの無骨なまでの執念とも言うべき練り上げは相いれないものかもしれません。モーツアルトのノンレガートとベートーヴェンのレガートは交わることのない対角線か知れないし、平行線でありながら双璧を成す美的建築物とも言えます。これは言葉の綾や遊びではありません。
おそらく美の感覚と言うものは生活の仕方と関係します。言葉遊びが得意な者は、家族的な雰囲気や家系と関連します。音楽語法も、似たような気がします。前例の、モーツアルトとベートーヴェンはいい例です。息子をチヤホヤしながらもコントロールしようとした父親から離れた男と、己のことを棚に上げて息子を天才に仕上げようとして締め上げた父親に負けなかった男には、決定的な違いが生まれました。
ムーケの話に何の関連があるのでしょうか。恐らくムーケもまた天才肌の人と見えます。しかしながら、モーツアルトほどの魅力には欠けていたのかもしれません。やはりモ―ツアルトの非凡さは群を抜いていると言うことです。ジュール・ムーケ、1867年7月10日 - 1946年10月25日)はフランスの作曲家です。パリ国立高等音楽院でテオドール・デュボワとグザヴィエ・ルルーに師事し、1896年には、カンタータ「Mélusine」で名誉あるローマ賞を受賞しています。さらに、トレモン賞(1905年)とシャルティエ賞(1907年)という2つの作曲賞を受賞しています。
1913年、ムーケはパリ国立高等音楽院の和声学教授に就任して後進の指導に当たっています。彼の教え子のひとりにレオ=ポール・モランがいます。ムーケが主に影響を受けたのは後期ロマン派と印象派の作曲家たちと思われます。彼の最も有名な作品は、1906年に作曲されたフルートとオーケストラ、フルートとピアノのためのソナタOp.15 La Flûte de Panです。
このように華やかな経歴を持ち、生前はほぼ豊かな生活を送っていたと思われますが、現在ではフルートの曲、しかも「パンの笛」などが演奏されるにとどまっています。彼が、ローマ賞をとった、カンタータ「Mélusine」を検索してもなかなかヒットしません。評価が低いのか、単に埋もれているだけなのか、実物を聴いていなことには判断もできません。言えることは、どうやら似たような筆致から思うに、軽妙洒脱ではあるが心に打って響くものが足りないのかもしれません。
ところで、Mélusineメリジェーヌとは何でしょう。それは私たちが知るところのメリザンドです。フランの水の妖精と言われているものです。しかし、メーテル・リンクの書いた「ペレアスとメリザンド」に書かれているメリザンドと同一のものかはわかりません。
歴史学者で作家のエリアーデによれば《メリュジーヌを構成する「女性」と「蛇」、そして伝承によっては加えられる「魚」といった要素は、いずれも豊穣のシンボルである。従って、メリュジーヌは豊穣、さらには再生を生み出す存在だと考えることができる》というものです。
ところで、今日の作品のようにパリ音楽院などで卒業試験やコンクールに出題された課題曲には優れた作品や技術的に超難度の作品が目白押しです。それだけ扱っている出版物もあるくらいです。時々、発掘作業に当たることも貴方の重要な仕事です。
今日は、素人ながらに厳しいことを書いてしまい、自分の才能のことを言っているようで慙愧の念に耐えません。反省だけならサルにもできると一時期云われておりましたが、締め切りだけは守りたいものです。ごめんなさーい!
※ 演奏会のご案内⑫
Mouquet, Jules EGLOGUE,OP.29
<解説>
ジュール・ムーケ(1867-1946)は《パンの笛(フルート・ソナタ)》 Op.15 (1906年)が有名で、フルーティストには名が通った作曲家ですが、残念ながらその他の曲は現在耳にする機会が多くありません。彼は商人の息子としてレ・アール(中央市場)に近いパリ1区で生まれましたが、早くから音楽に興味を示し、パリ音楽院(コンセルヴァトワール)の和声のクラスにおいてはグザヴィエ・ルルー(1863-1919)に、作曲のクラスにおいてはテオドール・デュボワ(1837-1924)に師事しました。1896年にカンタータ《メリュジーヌ》にてローマ大賞を受賞。1913年より1927年まで母校の和声の教授を務めました。
《エグローグ》は1909年にコンセルヴァトワールのフルート科のコンクール用小品(卒業試験課題曲)として作曲され、いわば《パンの笛》の「続編」となっています。献呈先は当時のフルート科教授、エヌバン(1862-1914)で、彼が教授に就任して最初のコンクールでした。
「エグローグ」という言葉は訳すと牧歌、田園詩となりますが、語源は古代ギリシャ語で初出はラテン詩人のウェルギリウスになり、古典古代に思いを馳せる点で《パンの笛》と共通しています。冒頭には《パンの笛》の時と同じく詩の引用が掲げられています。やはり田園詩で有名な古代ギリシャの詩人テオクリトスのエピグラムの引用です:「ねえ君、ミューズの名において、君のアウロス(二本笛)で我々に甘美な調べを演奏してくれないかい?」
この曲は3つの主題からなり、第一主題は3連符によって田園を駆け抜ける一陣の風を模倣したパストラール主題です。第二主題は《パンの笛》の第二楽章にも見いだされる「マリンコーニコ」の表情指定のついた、東洋風の響きを持つ抒情主題。第三主題はオクターブの跳躍を契機とした軽快で動的な主題、これらの組み合わせと転調により一つのタペストリーの如く織り上げられ、最後は第一主題がつむじ風のようになり熱狂の内に幕を閉じます。(2016年6月記)
(M.N.)
MOUQUET : COMPLETE MUSIC FOR FLUTE AND PIANO
ムーケ:フルート作品全集