僕の原点
こないだフェデラーのドキュメンタリー映画を語ったので、今日はナダル。
これ厳密には映画じゃなくて、12年前にWOWOWで放送された日本制作のドキュメンタリーです。
ナダル初の生涯グランドスラム達成に至るまでの苦労を追った映像です。もう何度観たかわかりませんが、それでも約10年振りに観ました。僕にとっては聖書のような番組です。
”僕が一番好きな選手はフェデラーじゃなくてナダルだ!”と確信したのも、これを観たからだったからだと思います。
大きい声では言えませんが、youtubeにアップされていたので・・・観て下さいね。
ナダルの人物像
皆さんはナダルに対してどんなイメージを持っていますか?
と聞かれても、知らんがなって人が大半だと思いますが、一般的なテニスファンのイメージだと、
・スペイン育ちでジュニアの時からテニスの神童とされていた
・常に誰よりも全力全霊でプレーをするのが人気の要因
・全能力が高いが、特にスピードと体力とパワーがピカイチ
・テニス界でも随一のメンタルの持ち主で、決して諦めない
・決してラケットや観客に八つ当たりはしない紳士的な選手
・コートでは情熱的。コート外ではシャイで生真面目
・知性的で謙虚な話し口
こんなところではないでしょうか。
どれも昔から今まで変わらないナダルの素晴らしい点ですが、当時この映像作品を観た日本人ファンは、この日から『イカれた叔父に虐待されてテニスをやっている』と上の項目に追記したことだと思います。
この作品の主人公は二人。
一人は当然、ラファエル・ナダル本人。
そしてもう一人はナダルの叔父さんでありコーチでもあるトニー・ナダルという人物です。
二人三脚でテニス界の歴史に名前を刻むまでの険しい道のりが語られます。
ラファの日常
※紛らわしくなるので、ここからナダルのことは”ラファ”、叔父のことは”トニー”と呼びます。
ラファは2008年にフェデラーのランキングを抜き、初めて世界一位を奪取しました。
そしてそこから好調を維持するも、2009年に引退危機、そして2010年9月13日USオープンを初優勝してついに全てのグランドスラム大会を制覇しました。
その軌道を振り返る映像になります。
開幕、コートで練習をしているシーンから始まると、叔父のトニーは第一声で
「思い切ってやれないならやるな」と厳しい一言が。
当時のラファは24歳。今から振り返るとまだあどけなさも残っていて、厳しい言葉を浴びるたびに怒られた子供のような切ない表情を浮かべてました。
ちょっとしたミスに対してラファは少し言い訳をするかのようにミスの原因を自己分析し始めると、
と聞く耳を持たずに一喝。
ジュニア選手に強引に言うことを聞かせるようなトニーの言葉は、ラファの肉体と精神をとことんいじめ続けます。
それでもこの日の練習が終わると、ラファはインタビューで「トレーニングはこれからどんどん厳しくなる。今日は普通だよ」と語りました。
血が繋がった親戚だからこその遠慮のない関係。
ラファは産まれたときから成功を収めた今でも、決して便利な土地ではない生まれ育ったマヨルカ島を拠点として家族と地元の人々に囲まれて生活をしています。なにかそこに縛られているのではないかと感じました。
練習コートもなんの変哲もない市営コート。トレーニングルームも父の会社内に自作した場所で行っています。
それでも毎日、ほぼ雨の降らないこの地域で、綺麗な海と島に愛されてラファが太陽のような男に育ったことがことがよくわかる光景です。
トニーは言いたいことをはっきり言える立場でいるために、ラファからコーチ料を一切貰わないようにしていると語りました。
この時のラファはウィンブルドン優勝直後でしたが、身体は悲鳴を上げて3週間ほど休んでいました。
それでもいざ練習コートに入ると、試合さながらの緊張感と高い強度。
少しでもラファが言い訳めいたことを口にすれば、すかさず厳しい言葉が飛んできます。
3時間フルスロットルで汗を流したかと思えば、昼食も取らずにトレーニングルームに直行。
世界を制した選手の近代的なトレーニング理論とは到底思えませんが、トニーは理論より理屈より、ともかくできる限りの努力することが全てだと語ります。
鬼かよ。こいつ本当に現代人か?
世界一位とは思えない、切羽詰まったかのような鬼気迫る雰囲気です。
ここまで全てをテニスに捧げているラファですが、それでもテニスよりもずっと大事なことがあると語ります。
そう。僕はラファのこういうところが好きなんです。
大袈裟でなく、この時代、世界で一番テニスを頑張って成功を収めた選手なのに、はっきりとこう言い切れるラファの人生観が大好きなんです。
そして別場面で同じ質問をされたトニーは、ラファと同じ回答をします。
ほんとお?
真夏の太陽の元、厳しい練習は続きます。
常軌を逸した練習の日々にラファの精神はおかしくなっていきます。
トニーはそのことさえ突き放して厳しいトレーニングを続けました。
ある試合の前、ラファが心の底から振り絞った”できない”という弱音に対して、
この男、本当に狂ってます。
ラファが試合中のピンチの場面で、まるでなにかに追い詰められているかのように底力を発揮する理由を象徴するエピソードです。
2009年、ついに身体が壊れて全仏でソダーリング相手に初めての敗退、そしてウィンブルドン欠場。さらに両親の離婚と、彼の身にあらゆる災難が訪れます。
僕自身、この時このまま引退してもおかしくないと思っていました。彼の120%を絞り出すテニススタイルは長続きするはずはないと誰もが感じていたでしょう。
そんなラファを救ったのは、テニスから離れた束の間の島での生活の日々でした。友人と子供のように島を探検して好きなものに触れ、自身の不幸をも受け入れました。
彼はまた勝負の世界に戻るために努力をする決断をしました。
これは僕がこの映像でも一番好きな言葉です(画像はラファだけどトニーのセリフ)
うまくいかないことを認めないとテニスは成長できないし、それはたった一部でしかない。人生も同じですよね。
そして一年後の2010年。
全仏オープンで再び彼は決勝の舞台に戻ります。相手は一年前に初めてラファに土をつけたソダーリング。
一回り大きくなったラファは自らの手でこのトラウマを払拭し優勝を飾ります。何度も優勝しているこの大会で再び栄冠を得ると、動けなくなるほど泣き続け、想いを爆発させます。
一か月後のウィンブルドン。苦手とされていたコートで、いつもの跳ねるスピンボールではなく、休養中に会得した突き刺すようなフラット系のショットを武器にここでもタイトルを獲得します。
世界一位になって尚、上を目指す姿勢が更なる進化を加速させました。
ここで突然、映像はラファがプロデビューした2004年へ。
ひどいミスを連発して雰囲気に呑まれてしまったラファが苦しんでいる様子が映し出されます。
ここ本当に神掛かった演出です。ナレーションがなくとも、ラファでさえ初めはこういう選手だったことを見せられて、改めてどれだけ努力を重ねてきたのかを感じさせられます。
メンタルの強さの秘訣を訊かれると、
誰よりも心を苛め抜かれた男の言葉は重みが違います。これだけ努力しても、本人にとってはなすべきことをしているだけのようです。
そして映像は最後のシーンへ。
比較的苦手なサーブ練習のシーンに移ります。悲願のUSオープン制覇のためには、球足の速さを活かすためスピードサーブが必須と考え練習に励みます。
本来ラファはスピードよりも確率重視のサーブで戦うため、リスクを伴う大きな決断です。
それでも練習で徐々に手ごたえを掴むと、サーブ練習からぶつ切りでいきなり場面が切り替わり、US決勝でジョコビッチからサービスエースを取る場面へ。ここ本当に神演出すぎて当時おしっこ漏らしました。
42:30~サービス練習が始まるのでせめてここだけでも是非見てください。というか本編全部見て。
平均180km/h台だったラファのサーブは220km/h超えをマークして、見事タイトルを獲得しました。
最後に、生涯グランドスラムを獲得した次の目標を聞かれると、
「僕にとってゴールはいつも同じさ より良い選手になること だから毎日コートに出て練習するんだ」
常にブレないラファの強さを象徴する一言で、映像は幕を閉じました。
だから俺はラファが好き
久しぶりに観ましたが本当に大好きなドキュメンタリーです。
この映像を見た当時、ラファは本当にレジェンドだけど壊れるのも早いだろうと確信したのは僕だけではないはずです。トニーも含め誰もがそう言っていました。
それでもテニス選手の平均寿命を大きく超えて、37歳になった今も現役として戦っています。
2017年には怪我を乗り越えた後、フラット気味のスピードショットを身に着けてショートポイントで勝てる術も得ました。
ただ全力なだけではなく、プロとしてあらゆる成功を収めたにも関わらず、身体の問題やハードスケジュールを乗り越える工夫を続けて進化し続けてきたところもまた、ラファの素晴らしい点です。
しかし残念ながら、今年の様子を見る限り本当に限界っぽいです。全然勝てないし、動けてない。今年限りの引退を示唆する発言もありました。
メディアは晩節を汚す前に引退させようとしていますが、それでも本人はワンチャンにかけて今も足掻いています。
さて、来月に控えているオリンピックはパリ。ナダルの庭であるローランギャロスです。今はとにかくここに焦点を当ててウィンブルドンも休みました。
あと何回コートで戦う姿を観れるかわかりませんが、一戦一戦を噛みしめて全力で応援していこうと思います。