曇天のパリの熱狂と赤土に映えるあの男が戦場に帰ってきました。

 

 

昨年7月から股関節と足首の怪我で離脱した後、年末から3月にかけてエントリーと直前キャンセルを繰り返し、ようやく3月にマイアミOPで復帰したかと思えば、またエントリーとキャンセルを繰り返す日々に逆戻り。

 

本人からの発信がないので怪我の状況もわからない。

 

煩わしいストレスを切り離したい主義なのはわかるけど、流石に不親切だし待っている我々に失礼なんじゃ・・・

期間が長いだけでなく、何もわからないことがもどかしくて、応援し続けたい自分の気持ちが途切れないように僕も必死に戦っていました。

 

 

ともかく次は復帰するからには、身体の状態に自身が持てた時だろうと思っていました。

それだけに、最もハードである5セットのグランドスラムから復帰することはありえないだろうと。

更に言えば来月の短い芝シーズンもスキップして、7月からの復帰になるだろうと踏んでいましたし、僕自身そうすべきだと思っていました。

残念ながらオリンピックは諦めるだろうと。

 

それがいきなりの全仏出場の報道。

はいはい、また直前キャンセルね と冷めた目で見ていましたが、モナコでデミノーと、そしてパリ現地でシナー(世界2位)との練習映像が。

リハビリの様子はちょこちょこ上げてくれていましたが、トップ選手とのヒッティングにより出場が一気に現実味を帯びてきました。

更に大会直前セレモニーで発表されたドローにも名前が。対戦相手は予選上がりorラッキールーザー!くじ運が終わってる錦織には珍しいヒキのドローです。

 

いけない・・・期待してはいけない・・・いや!これは流石に出るぞ!!!

 

セレモニー後、23日での報道では、出場はまだ決めていないという本人からの声明が発表されました。

 

 

それでもSNSに錦織の練習風景が毎日投稿されるようになり、明らかに今までとは違う雰囲気。

 

 

 

翌日24日は、いきなり全仏から復帰するリスクについて本人がよく理解をしている中、前向きな声が。

 

 

 

25日には出場について、「さすがに決めました。まあ、90%くらいは……」とコメント。

1試合くらいなら身体は問題ないけど、長引くリスクを考えた上での90%という意味でしょう。

 

 

そう。出場するとして、復帰途中である現時点で一番重視すべきことは、勝ち負けよりも怪我をせずに終わることです。

 

クレーコートの特性として、球足が遅いので一撃で決まりにくく試合が長くなりがち。球が跳ねるので高い打点で打たされて長身ではない錦織は特に体力をもっていかれる。滑るコートの上では特に細かく繊細なフットワークが必須。さらに5セットマッチのGS。

 

再三の説明にはなりますが、身体に不安がある状態で復帰に選ぶには最も相応しくない場なんですよ。

 

 

 

このコメントからもリスクマネージメントを最重要視して、長引かずに試合感覚を取り戻すことに重点を置いていることはわかりますよね。

しかしここは稀代のエンターテイナーであり世界屈指のマラソンマンの異名をもつ主人公錦織圭。このコメントは壮大なフラグとなりました。

 

 

 

ここで対戦相手を紹介。

カナダのガブリエル・ディアロ。

予選3戦を勝ち上がって、GS初出場の22歳です。

世界ランキングは166位ですが、昨年アメリカの大学を卒業したばかりのツアーを回り始めたてでこのランキングということから、ランキング以上の実力を持っていることはうかがえます。

身長は203センチでパワーヒッターとの前情報。

アリアシムの父親が若い時から目を付けてアカデミーで育ったことで知られている選手みたいですね。

 

結論から言うと、かなり強かったです。すぐトップ50に入れるポテンシャルがあると思いました。

身長に相応しいビックショットに頼るだけでなく、打ち合いを好むスタイルで、シンプルなクロスラリーの攻撃力で相手に優位を取って決めきるスタイルは、錦織最大のライバルであるラオニッチと、上に記載したアリアシムのハイブリットのような選手の印象を受けました。数日前にヒッティングしたシナーにもよく似たスタイルでしたね。正直結構ファンになりました。

良くも悪くも変なことはしてこない。突然DTLを使用したり、劣勢で小技に頼ったりすることはなく、あくまで打ち合いの勝負。屈指のリターナーでありショットメーカーの錦織にとっては相性は悪くない相手だったことが救いでした。

 

 

 

試合は前の進行次第で早ければ日本時間21時前には始まりそうでしたが、前のもつれに加えて直前で雨が降り、開始は深夜1時になりました。もう眠いよう。始まりそうなタイミングで前の試合が競ったりして大幅に遅れるのも錦織あるあるですね。

 

 

 

錦織〇 3-2 ×ディエロ

7-5 7-6(3) 3-6 1-6 5-7

 

ちょっとだけ試合内容も振り返り。

 

最初の1ゲームで明らかにマイアミの時より状態がいいことはわかりました。

力強いショットは健在で、前には出来ていなかったリターンでの反応やラリー中の反応、切り返しの踏ん張りなど瞬発力を求められる場面で良いプレーが出ていました。

一番いい時と比べると細かいミスは多く、それが数ポイント連続でまとまってしまい、早々にサービスをブレークされて2-5になりました。

しかしここは流石、勝負の鬼。取られたら終わりの場面で相手のダブルフォルトが出ると、そこから毎ポイント、リターンポジションを変えて相手を揺さぶっていきブレークバック!相手にとっては最もテンションが落ちる取られ方です。

それができるならピンチになる前にやれよ(笑)と言いたくなるようなプレーであれよあれよとゲームを重ね、気づけば7-5で1stセットを奪取しました。この展開100回見たことある~マジで。

 

前のセットで上がったギアを継続したまま2ndセットに入りましたが、ディエロは折れずに食らいついてきました。さっきのセットとはうって変わってチャンスは多くくるけどなかなかリードできない。

それでもまたしても勝負どころの5-5でブレーク先行して、前セットと同じく7-5で取る流れかと思いきや、なんか変なミスが出て被ブレークを許してしまいタイブレークへ。あぁこの不要なピンチを招く流れ、100回見たことある。

ちょっと怪しい雰囲気でタイブレークに突入も、一気にギアを上げて結局7-6で2セットアップ。この流れ100回(略)

 

ディエロとしては押されていた中で少ないチャンスを掴みかけて、結局取られる展開が続き、一番フラストレーションが溜まる試合展開だったと思います。それだけに僕は3セット目6-0もあると思ってました。

実際錦織は好調を維持したまま3セット目に突入しましたが、ここでディエロは打ち合いを避けてパワー勝負に出るようになってきました。

はいはい、これはそのうちミスが増えて錦織の思うつぼだよと思ってふんぞり返って観ていたのですが、ディエロなかなか崩れない。なかなか精神的にタフな選手です。

おやおやちょっと怪しいぞと思っているうちに、なんだか錦織のフットワークが明らかに重くなってきました。

今まで入っていた球が1球分アウトするようになり、錦織のサービスゲームでも全然優位を取れない。結局このセットは2ブレークダウンの3-6で落としてしまいました。

 

以前であれば、また立て直してくれるはずと信じられましたが、まだ復帰途中の錦織がここから復調することは難しいだろうという不安は的中しました。

第4セットは更に動きが悪くなり、逆にディエロは叩いた球が全部入るゾーン状態に。

錦織はメディカルタイムアウトを取り腰回りのケアが始まり、リタイアの可能性がよぎります。

試合前は勝ち負けよりも無理をしないことが一番と書きましたが、ここまで来て、しかも調子もいいのにリタイアで終わるなんて辛すぎます。

でも無理をしてはいけない場面・・・。

見ているこっちとしても複雑な想いでしたが、誰より負けず嫌いの錦織が後のことを考えてリタイアできるはずなんてありません。だから怪我するんだよ・・・でもそこが好き。

結局このセットはお得意のWSO(※『わざとセットを落とす』の略。錦織ファンの造語)でファイナルセットに望みをかける形となりました。

 

ファイナルセットは序盤からショット時に声を出したり、必死に自分を鼓舞する錦織の姿勢が見られました。

が、それでもすでに体力ゲージがカラになっている錦織は身体がついてこない・・・。

早々にブレークを許してしまい、見ていてつらい展開でした。ここで諦めてテレビ消した人も多いと思います。

ここから勝つなら少々無理をしてでも1ポイントを短くしてエース量産するしかないと凡人なら考えるところでしたが、逆に錦織は相手の真ん中にボールを集め始めました。一球でも浅くなればディエロの餌食になる場面で、我慢比べ勝負に持ち込み、脅威の粘りを発揮しました。

苦しい時にあえて一番苦しいプレーを選択して成功させる錦織の勝負勘といじらしさに思わず涙腺が潤みます。この大逆転劇が始まる予兆も、これまで何度見たことでしょう。

怖さもあるはずなのに、これまでよりも深い球を打ち続け、ディエロからチャンスボールを引き出し、ウィナーを量産する。

気付けば錦織は完全にゾーンに入り、重かったフットワークも再び躍動し始めて、ディエロを横だけでなく前後左右に動かして試合を支配していました。ちょっと待ってこんな錦織成分100%の試合をいきなり見せられたら絶頂しちゃう。

最高の形でポイントを取ればしたり顔。ポイントを落とせば「あーん、もう~」というどこか気の抜けた声がパリに響く。これもまた錦織が一番集中している状態の証でもありますw

しかしディエロも最後まで懸命に自分を鼓舞しながら、プレーの質を落としません。本当にこのプレーレベルの選手が予選上がりということにびっくりしました。普通にファンになるわ。

 

2-2で何度もデュースを繰り返し、最後に本日初のサービスエースでなんとかキープ!本当に尋常でないメンタルですが、この最高の流れで何故か慌ててトイレに行く錦織。

解説すると、普通、試合中にトイレに行く場面というのは、悪い流れを断ち切りたい時が大半です。ましてやセット間であればともかく、ゲーム間の短い時間に休憩を放棄してトイレにいく選手はいません。

 

こちらは試合後の会見で真意が明らかになりましたが、単純にトイレに行きたかったとかwなんやこいつふざけとんのか。

 

 

まあそんな様子ではありましたが、フットワークは戻ってきているとはいえ、ゲーム間はしきりに股関節の動きを気にしていて辛そうではあります。

ディエロの凄まじいサーブをよくリターンできていますがなかなか取り切れません。もどかしいのはお互い様でしょうが、それでも経験が少ないディエロにとっては、錦織しぶとい、自分はこんなにいいプレーしているのにリードできないという想いは募っていたでしょう。

お互いキープを続けて勝負の5-5錦織サーブのゲームで、錦織のギアがまた一段階上がりました。ドロップや浅めのショートスライスを交えてディエロを翻弄して一番いい形で6-5に持ち込むと、このタイミングで錦織はラケットを持ち替え、この日一番の集中力を見せました。ディエロがカメラ枠から出てしまうほど思いっきり左右に振り回して、30-30の試合を決める1ポイントで突然のリターンダッシュ。マジで引き出し南百個あるんだ・・・!ラストポイントもしっかりリターン返球を決め、4時間22分の大激闘に幕を閉じました。

 

 

試合後のオンコートインタビューでは開口一番「早くロッカーに帰りたい」と錦織節全開のコメント。

ディエロに試合の中盤でアジャストされたと、対応力を称えた後、接戦を勝ち抜いたことに自信をつけている様子でした。

2回戦の試合に関しては、様子を見て決めるとのことです。

最後に日本の視聴者への一言を聞かれ、「試合前にヒゲ剃るの忘れたことに気付いたので、次はちゃんとしたいと思います」と有難いお言葉をいただけました。圭ちゃん俺も今日ヒゲ剃ってないよ!お揃いだね!

 

 

さて、トータルポイントは錦織167、ディエロ180。WSOがあったとはいえ、ここまで差を付けられて勝つパターンはレアですね。

 

サーブデータ。

1stサーブのイン率は錦織65%、ディエロ68%

1stサーブのポイントwonは錦織58%、ディエロ70%

2ndサーブのポイントwonは錦織53%、ディエロ42%

 

特筆すべきは、1stと2ndのポイント獲得率がほぼ変わらない点です。

状態が良い時と比較して明らかにレベルが落ちているのは1stサーブだったのでしょうがない部分もありますが、これからの復帰に向けてサーブでポイントを取るためにどうしていくのかは、錦織最大の課題であることは間違いありませんね。

一方2ndは叩かれる場面があったにも関わらず50%を超える高水準の獲得率。ラリーに持ち込めば有利を取れる展開力の高さが証明されました。

 

 

続いてラリー回数ごとのポイント獲得率。

1-4のショートポイント獲得は98-116でディエロ優勢

5-8のミドルポイント獲得は46-47でイーブン

9~のロングポイント獲得は23-17で錦織に分がありました。

 

イメージ通りではありましたが、もう錦織くんもおじさんなので、ロングポイントばかりに頼るわけにはいきません。やはり必要なのはサーブで優位を取ることなのが、ここからも見て取れます。

錦織の伝家の宝刀の一つでもある、デュース側の浅いワイドサーブは効果的に効いていましたね。スピードはもうしょうがないので、プレースメントと配球で戦っていくしかないのでしょうが、このあたりは新しいコーチ陣たちの手腕に期待していきましょう。

 

 

試合後は喋るのが仕事の実況解説も物語のような錦織劇場の展開に唖然として笑うばかりでなかなか言葉が出てきません。

会場で見ていた記者や他の選手も、信じられないと大興奮の様子。

復帰一戦目にして、全てのファンが待ち望んでいた錦織らしさが、まさか純度100%で見られるとは。

 

 

さてさて。5セットウォーリアーズ、マラソンマンの異名を持つ錦織ですが、今回の勝利によりまた一つ記録を更新しました。

 

 

5セットでの勝率が28勝7敗の80%で歴代テニス選手の中で最高の数字です。

5セットまでもつれ込む時点でその日の実力は五分五分であるはずなのですが・・・裏を返せば勝てる相手との試合で5セットまでもつれているということでもありますが、まあ崖っぷちでの勝負強さはただ心や身体が強いだけではなく、錦織の持つ試合中の調整力や分析力の証明でもあります。本当にファンとして誇らしい記録です。

 

正直これでもかなり書きたいことを掻い摘んで書いたつもりなのですが、気づけば7000文字書いてるので今日はこの辺にしておきます。

他の試合結果もいくつか振り返りたかったけど・・・。あと錦織のフォアがかなり良かったことももっと書きたかった。

 

さて、今日はナダルvsズベレフです。

ナダルは錦織を除けば私が最も愛した選手です。正直、ここ最近のナダルを見た上で、最後の記念試合になりかねないと思っているくらいですが、そんな前評判を覆してナダルが勝つところを何度も見たことがあります。あの燃えるような闘志を目に焼き付けたいと思います。頑張れ!本当に!

 

一方ズベレフは、今回僕が優勝に旗を立てている選手です。本命不在の中で最も心技体が揃っている選手だと思っています。

ズベレフは二年前の全仏準決勝でもナダルと対戦をしましたが、最高の状態であったにも関わらず、試合中にとんでもない転び方をして靭帯断裂をしました。あれは僕がテニスで見た怪我の中で一番トラウマになっている怪我でもあります。絶対に競技復帰は無理だと思ってた。

ズベレフにとってテニス人生が終わりかけた苦い思い出を払拭する、唯一無二の機会がやってきました。

個人的に故障を経たズベレフは人間的にも大きく変わったと思っています。心の弱さ、不安定さがなくなり、勝負強くなりました。

なんと残酷な一回戦。絶対に見なきゃいけませんね。

 

うまく仮眠取れるかな~。夕方に酒イッキして気絶する作戦も視野に入ってます(●^o^●)