睡れ大地よ
剣を捨てて、芽吹いているいのちの杖をもつ。
哀しい青い水晶の世界を左手に摑む。皮袋に
は水が蓄えてある。生来の自分を捨てるため
に砂を旅する季節がやって来た。見渡すかぎ
り何もない世界で誰と出会うのか。人生に答
はない。ここでおれは韜晦を破り、その杖で
一歩を推し量る。時間を消して歩きつづける。
自己を求めるために頼りになるのは自分だけ
だ。砂の椅子に腰掛けてまっすぐ前を向き、
半眼に目を伏せる。みずからの来し方が見え
てくる。なんと不毛な生活だったろう水晶が
世界を逆さに映す。誰もが脳髄で歩く街を通
りすぎた。憎しみの屍が積み重ねられる。偽
りの愛が積み上げられる。靴を履きつぶして
半世紀たった。
赤く燃える地上に死者のごとく睡る日々を追
想する。しかしここにあるのは砂という現実
だけだ。砂の谷間の干乾びた川をいくつも渡
ってきた。睡れ大地よ宇宙という天蓋のした
で。われわれは何処かへ行くわけではないの
だ。革袋の水を飲むとき、無量の星がひかる。
無量の砂粒が流れる。
身心に感じられるおれを除けばどこにもおれ
はいない。自己を忘却する。そのとき宇宙や
地上とひとつながりに繋がっている自己。杖
で衝いた地上から滾々と水が湧きだしてくる。
芽吹いた杖はそこで根を張り、真直ぐにうえ
に伸び、ひとつの大きな樹へと成長するのだ。