母との日々
M・M氏に
かれと何処で出会ったのか、よく覚えていな
い。いつの間にか口を利くようになり、その
まま気が合って友達になった。いまはもう壮
年になったが、むかしペンキ屋をしていたと
きの意気は衰えていない。走り屋をしていた
こともあって、ときどきけんか腰なって、暴
れたり、暴言を吐いたりすることがある。仕
事には人一倍頑張るが、気性の粗さのせいで、
ペンキ屋も辞めることになって、そのあとヒ
モみたいな生活をしていたと聞いたことがあ
る。
いまは赤いレース用自転車が宝物のひとつだ。
ただ方向音痴なので、遠出をして、とんでも
ないところに迷いこんで、一日かかって、よ
うやく家にたどり着いたことがあるらしい。
電車に乗ってもうまく最寄りの駅に着かなか
ったり、待ち合わせの場所を間違えたりする。
まったく今までよく生きてこれたものだと感
心するばかりだ。ひとり暮らしで寂しいから
だろう、夜中に電話がかかってくることがあ
る。電話に出ると、安心したせいか、大きな
いびきを立てて、眠りだすこともしょっちゅ
うだ。
しかし根はやさしい気立てのいい男で、なけ
なしの金で、おれの誕生日にケーキをおごっ
てくれたりするのだ。かれには、施設に入っ
ている母がおり、その母と会うのが、一番の
幸せだ。痴呆が進む母を施設に入れなくては
ならなくなった苦労話を何度も聞いた。かれ
の母が痴呆になったのは、突然のことだった
らしい。かれは、子供みたいになった母の面
倒を半年以上みて、ついに自分も病気になっ
て、倒れてしまった。いまでも夢には、かれ
の母が出てきて、かれが子供の時のようにか
れの頭を撫でるのだ。