応答せよ応答せよ「こちらあみ子」を観た。 | そーす太郎の映画感想文

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しれっとネタバレしたりするんで気をつけてください。

 
 

  ​こちらあみ子

 

 

 

監督:森井勇佑さん

出演:大沢一菜さん、他

応答せよ応答せよ

 

大変評判のいい「こちらあみ子」、近場での上映をタイミング的に逃したので休みの日にちょいと遠征して観てきました。今村夏子原作の映画化(原作未読)。監督は初長編の森井監督。ちなみに広島まで行ったんですが、その日が広島の原爆の日で物凄い警察の量でした。大好きな箱である八丁座で映画を観終わった後は平和記念公園に久々に行ったりなどしました。あ、あとこの映画が広島ロケ地というのも行ってから気づきました。なんか全体的に濃い一日でした。

 

というわけで「こちらあみ子」期待はもちろんしてましたが、観てみると凄まじい映画で、今年ベスト級の一本となりました。これは凄い!!

 

映画とは関係ない話ですが、最初に近況を少し。ちょうどこの映画を観る前日に仕事の関係で発達障害や発達障害のグレーゾーンの子供たちを預かる施設のスタッフの方々+子供達と触れる機会がありました。そこでの出来事があまりにタイムリーだったので、メモとして書いておきます。そこで働いてるとあるスタッフさんと雑談してたんですが、その人は、もともとこの施設ではなく、学童で働いていたそうで。そこに発達障害グレーゾーンの子供たちが定期的に来るんだけど、そういう時に学童の運営方針としてはどうしても発達障害のある子たちを抑えるて抑えて学童を穏便に回していく形にどうしてもなってしまうと。それに違和感を感じていて、今回こういう施設で働くことにしたと、話していました。そこでは普通の学童なら注意して、抑えていく行動だったものも、彼らに合った形でその興味を伸ばす方向で放課後に子供たちを預かっているそうで。

 

「こちらあみ子」で描かれるあみ子を観た後にまずこの前日のできごとを思い出したりしました。この映画で描かれるあみ子の「応答せよ応答せよ」という問いかけに答えてくれるなにか社会的な仕組みや、施設や、何かしらがあれば…とか、前日にそんなできごとがあったのでそこ強く思いました。映画としては割かし、前向きなラストと個人的には受け取ったものの、映画からの余白で感じられる社会的ケアの足らなさ…みたいなものも感じ取れる映画で、なんかいろんなことを感じた映画だったな。

 

映画全体として、「ままならない現実」みたいなものが詰まった、見ててつらい映画でね…。尾野真千子が慟哭するとあるシーンなんかほんとに見ててつらいんだけども。ただこの映画の特異な点はなんといってもあみ子の存在と、あみ子から見たこの世界、という視点で。物凄くつらい、ままならない現実と、あみ子から見たこの世界が逆行するように豊かに見えるというなんとも唯一無二のバランス感の映画でした。


予告でも印象的ですが、「応答せよ応答せよ」というあみ子のセリフ。あみ子と向き合い、「応答」してくれる人がどんどん離れていく映画で、でもだからこそ数少ない向き合ってくれる人、応答してくれる人とのやりとりは何とも言えない気持ちになります。あの坊主頭の彼、あと保健の先生。この2人はかなり印象に残りました。


応答してくれる人がいなくなる中、現れる「おばけ」たちのあの突如現れるファンタジーミュージカルと化していくシーンは見どころがすごかったな。「おばけなんてないさ」の使い方もすごい印象的。色々なことを経て、見方によっては絶望とも取れるあのおばあちゃんの家に行くラストですが。でも、最後に手招きされたおばけたちの誘いを断って自ら決断してこの世界に立つあみ子の姿は、絶望の中の希望というか。あみ子の言い表せない決意と勇敢なラストに見えて、僕はあのラストはポジティブなものとして捉えました。


エンドロールの曲もいいし、あみ子の名前の横にあるトランシーバーが最後監督に繋がるという粋なエンドロールにもうるっときたな。


てなわけで、こちらあみ子私は今年ベスト級にものすごいグッときたなぁ。もう見てしばらく経ってますが、あみ子元気かなぁ?と思い返すだけでちょっとうるっとくる。この世は不条理で、残酷でだけど、ちょっと不思議で豊かでワンダーに溢れてもいる。絶望と希望の狭間で輝くあみ子のあの姿はなんか忘れられません。素晴らしい映画でした。