スープとイデオロギー
監督:ヤンヨンヒさん
出演:ヤンヨンヒさん、他
語り継ぐということ。
誕生日は仕事を休んで、映画館にこもる。というのを社会人になってから続けていまして、久々に2日で6本映画を一気に観たのですが、その4本目。
ヤンヨンヒ監督の新作ドキュメンタリー「スープとイデオロギー」を観ました。映画オタク一家の我が家ですが、ヤンヨンヒ監督の作品はみんなとても好きで監督の大ファンなので、母親は私より一足先に監督のトークショー付の回に。兄妹は東京で監督のトークショー付の回に…と私以外はみんな監督のトークショー付の回を観ているというガチっぷり。日程上行けなかったので、くそお…うらやましい…と思っていたところ、Youtubeでオンライントークという動画を見つけたので一応共有しときます。映画観終わった後観たのですがこちらサブテキストとしてとてもよかったので観た方はぜひ↓↓
てなわけで、「スープとイデオロギー」今年ベスト級の素晴らしいドキュメンタリーを観ました。TBSラジオたまむすびの町山さんの映画紹介をずっと聞いているのですが、その時の町山さんの紹介っぷりがとんでもない熱量だったので、すごい期待してましたが、その期待を飛び越える傑作で感動しました。間違いなく必見なのでとにかく映画館に行ってくれ~!
この映画を観ることでこれまでのヤンヨンヒ作品の点と点が線でつながるという、監督のフィルモグラフィーの中でもものすごく重要な1本だと思います。なぜ両親は兄たちを北に送ったのか、その理由めいたものというのか、監督の母に横たわるとある陰惨な事件がわかってくるのが本作で。私自身はじめてこの事件を知ったので、ものすごい衝撃を受けました。その事件が「済州島四・三事件」という事件で。事件の詳細については書きませんが、とてもおぞましい事件です。
前半はほんとに笑えるシーンというかほほえましいシーンも多くて、監督と母、そして新たなパートナーである荒井Pの何気ないほほえましい日常が描かれるのですが、後半この事件の研究所の方々がインタビューに日本に訪れるところから作品のトーンがひとつ変わるのが印象的。
そこで語られる内容のなんと衝撃的なことか。そして監督が恐らくかなりこだわったであろうアニメーションも相まってものすごいボリュームの「不条理の記憶」が観てる観客にも襲ってきて思わず逃げ出したくなるほどです。(アニメーションの使い方はほんとにハマってて今思うとこのアニメーション以外ありえないと思うほど)
そして、興味深かったのはこのインタビューを受けてから、お母さんの認知症が急激に進むという展開。記憶の蓋をあけてこれを語ったことと、認知が進んだことと直接因果関係があるかどうかはわからないんだけど、でも監督がそう演出したくなるのも大いにわかるほど、ここで認知が進むというのにものすごい説得力と、なんか人間の記憶というものの不思議さと、お母さんが抱えていたもののデカさ、すさまじさをこれでもかと感じました。
その後親子で実際に事件が起きた島に行き、式に出席したり、研究所でお話を聞いたりするシーンが続きますが、そこでのお母さんの表情や思い出したくない記憶に直面した人間の表情として、なんか観てはいけないものを観ているような気持になるほど、とてつもない表情の数々に心が締め付けられます。研究所での監督の涙の語りがこの映画のすべてを語っていると思うんですが、この監督の語りを聞いて、この映画の重要性というか、今地球にこの映画が必要な理由、ここまでしてこの映画を撮った理由も浮かび上がってきます。島に行ってからは特に全シーンが特筆すべきシーンで。すごいものを見せられてるな…とずっと思いながら観てました。すごすぎる。
ともかくすさまじい映画なので、ドッと観た後疲れるんですが、でもその中にあのスープとスープを作った荒井Pの姿、みんなで食卓を囲む笑顔が印象的に後味として残るというのがこの映画の素晴らしいところではないでしょうか。スープのレシピもそうだし、いい記憶も悪い記憶も、幸せな食卓も、陰惨な事件も、語り継がないことには消えてしまう。そういう意味では、なぜこの世にドキュメンタリー映画というものが必要なのか?というところにまで到達してる映画だと個人的には思います。家族という最小単位から、世界という最大単位までを浮かび上がらせる。すさまじく良くできた、替えのきかない1本。毎作ヤンヨンヒ作品はすごいけど、そのどれをも超えるとてつもない傑作になってました。
公開からしばらくたってますが、今見るなら私はこの1本を推すかな。物凄い映画でした!