アルプススタンドのはしの方
しょうがなくない
監督:城定秀夫さん
出演:小野莉奈さん、他
城定監督の作品はエロしか見たことがなく、特に好きなのは「悦楽交差点」。そんな監督が「アルプススタンドのはしの方」という高校演劇を映画化ということで楽しみにしておりました。
悦楽交差点は大傑作ですのでほんとにオススメ。
個人的には、素晴らしい青春映画だ!だがしかしなんだこの野球描写は!!とアンビバレントな気持ちになる映画でした。
私、小中高とずっと野球をやってきておりまして、社会人になった今も野球を見るのはとても好き。今年はありませんが、夏の甲子園も毎年予選から楽しんでいるというイチ野球ファンなんですが、この僕の立ち位置がかなりマイナスに働いちゃったなと思いました。
まずなぜ舞台を夏の甲子園1回戦に設定したのか?というのが1番ノイズでした。どう見てもアルプススタンドには到底見えないし、あのロケーションとあのエキストラの数でよく夏の甲子園を舞台にしようという発想が出たなと逆に感心するほど。そもそもアルプススタンドとは甲子園球場のスタンドのことなので、原作にアルプススタンドという言葉がある以上甲子園を舞台にする他なかったのだとは思いますが、それにしても無理がありすぎますし、あのスタンドのエキストラの量は地方大会でも少ない方ですよ。この辺は元々が見立ての文化である舞台だからこそプラスに働いていた部分だと思うんですよね。映画になり描かねばならないものが広がるとそのプラスの要素がちゃんと作り込まないと一気にマイナスに振れるという、舞台の映画化という難しさを浮き彫りにした一本だと思います。甲子園ですよ?実際に甲子園に野球見に行ったことのあるスタッフが1人でもいればもうちょっとマシになったのでは…というくらい現実とあまりにもかけ離れすぎていました。
甲子園の撮影許可が下りなかったのなら、もう割り切って地方大会にしてしまえば良かったと思うんですよね。というかお話的にも地方大会の方がマッチしてると思っていて、あの「はしの方」のダウナーな感じとか、控え選手のくだりや、野球部がなぜ野球をやるのかという話も、地方大会の方がよりお話的にもテーマ的にも際立ったんじゃないかなと思います。そもそも野球部としては甲子園に出れてるだけでもうなにかを成し遂げていて、野球をする意味はまさに今この瞬間なわけです。となると地方大会でのビハインド状態のほうが劇中に出る「しょうがない」という言葉がより効いたんじゃないかなと思いました。
あともう一つ気になったのは、この映画では直接は描写されない野球描写だったりしました。終盤の大事な展開の一つである、ずっと控えだった選手が甲子園1回戦・8回・0-4ビハインドのノーアウト一塁打者6番という場面で代打に送られ送りバントをするというシーン。普通に考えて、監督の采配が謎すぎるんですよね(笑)この采配まじ意味不明すぎて、ものすごくノイズでした(あくまで野球目線ですが)。『あの子を代打で出してバントさせたい』という展開をやりたいのはわかるんですが、それがなぜ『8回4点ビハインドの6番打者』という場面なのか、なぜそこを脚本家は選択したのか?普通に意味不明すぎました。強豪ひしめく埼玉県大会をよくこの采配で勝って甲子園にこれたな…と思いました。さすがに「これをさせたい」を優先しすぎていて、舞台の根幹である肝心の野球のノイズがとても強かったです。誰か「この場面で代打で送りバントはないでしょ」という人はいなかったのか…。しかもこれ実際に野球シーンが描かれないからこそ気になっちゃうというか、より目立つんですよね不思議なもんで。
ともかく僕が気になったのはアルプススタンドと野球の2点。この2点って別におざなりでもお話としては成立するんですよね。でもここをちゃんとやるかやらないかって映画において絶対に最も大切な根っこの部分だと思うんですよね。そこをいいと思わなかった時点で、僕個人としてはかなり印象が悪いというか、ノイズが多い映画となってしまいました。その他も、ここが甲子園であり、この学校が埼玉県大会を勝ち上がり甲子園に出れる強豪校であるなら「?」にならざるを得ない描写多数でした。
ただ、野球以外のシーンはほんとに素晴らしく、野球関連のノイズを除けばほんとに傑作青春映画だと思いました。
特に演劇部2人は素晴らしすぎました。あのツインテールのこ、ほんとにうまいですよね。ちょっと壁が一枚あるような序盤の2人のやりとりの微妙なギクシャク感と気の使い合いとかたまらんものがありました。限られた空間での人物の心の変化の描きこみの見事さが際立ちます。この辺はさすが城定監督というあたりでした。
あと個人的にグッときたのは「しょうがない」という言葉がキーになっていたところで。この「しょうがない」の変遷がとてもよかったです。確かにみんな「しょうがなさ」を抱えてるし、「しょうがない」ことだらけじゃないですか。だからこそ、その「しょうがなさ」の向こう側の尊さってあるよなとか思って。そんな思いを抱えつつも、刺激され何かを生み出そうと、次なる舞台へ向かうことを決意する演劇部にはとてもグッときました。
てなわけで、青春映画としてはとても良かったし感動したけど、だがしかし、この映画の野球描写やスタンドの描き方は「しょうがなくない」!(笑)映画にする以上、一番大事ですよ。もうちょっと工夫してネジを締めればもっともっとノイズを減らせたと思うし、傑作になれたのになと、思いました。本当にもったいない一本だと思いました。大好きなだけに惜しい…。
同じようなテーマの作品に、今年は「のぼる小寺さん」という作品がありましたね。僕はあっちのほうが、全体的には推しますが、でも「のぼる小寺さん」もボルダリングファンから見たらボルダリング描写にモヤモヤするところがあるかもしれない。そう考えるとなにか自分が好きな分野が映画になってそれに満足するって、ほんと大変だよなぁ…などと思いました。
ちなみに「のぼる小寺さん」の感想はこんな感じでした↓