新年、あけましておめでとうございます。

何ヶ月もご無沙汰しておりますが、ちょっと書いてみたくなりました。

年末は近所のお寺に除夜の鐘をつきに、年始は昨日、近所の神社に初詣及び近所のデパートに福袋を買いに行ったくらいです。

ほとんど自宅にいて、久々にゆっくりとした時間を過ごしました。非常にリフレッシュできた気分です。

今朝のベランダからの富士山は綺麗に朝焼けに輝いており、見ごたえがありました。
正月ということもあり、貼っておきます。

 

ブログ名になっている猫のタロウは相変わらず元気ですが、ソファの上に広げたフリースの上でほとんど寝て過ごしています。

写真を掲載しますが、どこにいるかわかるでしょうか?

 

年末の紅白を久々に見ましたが、前年に引き続き、韓国のアーティストは一掃された一方、東日本大震災に対する応援や日本人の一体感を醸し出すような演出が強くなっていて好感が持てた気がします。

特に徳永英明や、長渕剛はよかったと思います。perfumeは好きですが、あのクリンクリンは選曲として良くないと思います。このポリリズムによるブレイク前後の時から1~2年前まではいい曲がたくさん出たのに最近はさっぱりで残念な曲の一つではないかと思っています。

相変わらず何言っているかよく分からなかった中森明菜については、音楽活動を続けていることが意外だったこと、必然性が感じられないNYから中継だったことなどを考えると、なんで無理やり出演させるのか意味がよく分かりませんでした。

昨日は前述の通り高島屋へ福袋を買いにいきました。

毎年恒例で買っているのですが、まずは魚久の京糟漬を買いました。
ここの京糟漬は、なんでここまで素材の旨みを引き出すことができるのかとつい驚いてしまう逸品です。

 

高島屋の食品売り場は地下二階ですが、例年、これを買うためだけに地上2,3階の階段踊り場まで行列ができる人気商品です。今年はなぜかそれほどでもなく、15分くらい並んで余裕で購入できました。
1つ2千円+税ですが、異様にたくさん買う人が多く、仲間で福袋の購入を手分けしているのかもしれません。

今年は今半の牛肉セットも合わせて買うつもりでしたが、既に一気に売り切れたようした。
来年はもっと計画的に作戦を立てておく必要がありそうです。

本年もよろしくお願いします。

先日、巣鴨にちょっと用事ができ、中途半端な待ち時間も発生したため、ついでにおばあちゃんの聖地といわれるとげ抜き地蔵がある商店街に寄ってきたのでその様子をご報告します。

東京やその周辺に長らく住んでるため、都内については、ほぼどこでも行ってきたつもりですが、自分の認識としては、一箇所だけ有名な場所で行ったことがないところがあり、そこが巣鴨地蔵商店街でした。
いわゆるおばあちゃんの原宿といわれるとげ抜き地蔵のある商店街です。

行こうと思えば簡単に行けるところですが、この商店街を見るためだけに行く気持ちにはとてもならないため、行ったことがなかったものです。

 

年配の人々にインタビューする際、メディアはよくここに取材にきますが、立ち寄った当日もテレビカメラが入っていました。

 

昭和な感じの商店街で年齢層は確かに高いですね。

 

おばあちゃんが喜びそうな昔ながらの店が多かったです。

 
 
赤いパンツの専門店がありました。
赤いパンツだけで商売をするセンスとそれで商売が成り立っていることが信じられません。 
女性用の赤パンの店と男性用の赤パンの店が隣り合ってありました。

 

塩大福の発祥の店だそうです。
塩大福美味しいですね。沢山の人が並んでました。
塩大福は一個130円でした。

 

商店街の中心あたりに刺抜き地蔵があるお寺がありました。

 

とげ抜き地蔵です。みんなが触るのでつるつるです。

 

帰りがけ、聞いたことのないコテコテの演歌歌手が演歌を歌っていて、年配の人々が群がっていました。

こんな光景は近年見たことがなかったのですが、やっぱり昭和のまま時間が止まっている街のような気がしました。

ではまた
先週末の話になりますが、金曜日夜、横浜駅に到着し、自宅に帰宅していると、ハロウィンのコスプレした若者たちでいっぱいになっていて、びっくりしてしまいました。

思わず、いったいみんなどうしてしまったのかと正直、考え込んでしまいました。

いつの間にこんな世の中になってしまったのか、自分は理解できずにいたのですが、今日はその原因を調べてみました。

みんな当たり前に知っていることとは思いますが、この原因はFaceBookにあるということでした。

”自分がいかに「楽しくて充実した生活」を送っているかをFacebook上で人々に見せようとしているようで、こうした「たくさんの友人たちとワイワイ過ごしている私の楽しい人生」をFacebook上で演出するという行為が、多くの人にとって習慣になりつつある今、ハロウィンというイベントもその演出のための「道具」の一つになっていると考えられます”とのこと。

そうだったんだと驚いてしましました。

また、自分もFaceBookについては一応、アカウントは開いたものの、どうしても利用する気になれなかったのですが、その理由がわかった気がしました。

ではまた