どうも。今これを読んでくれているあなたが誰なのか、そしていつこれを読んでくれているのか、私にはさっぱり分かりませんが、まあ、こんなタイトルを読んで来てくれるあなただから、多分お仕事されているのかな。こんばんは。ゴールデンウィーク最終日の夜になって今これを書いていますが、まあなんとも憂鬱な夜ですね。でもそんな夜だからこそ、ちょっとだけ話したいことがあるんですけど、ちょっとだけ付き合ってくれませんか。
ええと、まず、今年のゴールデンウィークはどうでしたか。あなたはどこでどんな休暇を過ごしたんでしょうかね。たとえば4月からお仕事を始めた新入社員のあなたにとっては、大学のお友だちと遊んでみたり、まだまだ慣れない社宅からとても落ち着く実家に帰ったりと、ひさしぶりにいわば自分のホームグラウンドのような環境に戻ってこられたお休みだったのではないでしょうか。今年は結構祝日が土日ともかぶらなかったしね。それでもまあマックスで10日くらいだったのかな?あなたがゆっくりできていたら幸いです。
えーとみなさんたぶん今は研修期間だ、っていう会社が多いんだと思います。どんなことを見たり、聞いたり、言われたりしてますか?きっと頭のいいあなただから、見聞きしたものの多くに批判的思考が働いちゃって、自分がこれまで過ごしてきた環境とのギャップにため息が出ちゃっているのか。はたまた、意外と新しい環境の考えが自分の感性とか価値観にすっと馴染んだって人もいるのかな。まあ、どちらでもいいです。だって、思い返してくださいよ。1ヶ月前に突然、住む場所、会う人、通う場所、ぜーーーーーんぶがガラッと変わってしまったのです。ねえ。これって大変なことですよ。だから、みなさんがどんな感情・考えを抱いていようと、多少まわりの人に迷惑をかけてしまっているとしても、それは尊重されるべきです。それをコントロールしようなんて思うには、あなたはまだ若すぎます。ほんとは歳とってもそんなことあんまりしてほしくないんだけどね。特に今はそんなことする必要はありません。「めんどくさい」とか「いやだ」とか、そういう感情こそ大事にしてほしいな〜と思っています。
さて、研修の中で「よい休暇の過ごし方」を会社から指導されることはなかったですか?なかったらそれでいいんですが。わたしはこれがどうも気に食わなくてね〜「休みの日くらい自由に過ごさせろっつーの!!!!なんで会社に行かん日のことまでぐちぐち言われなきゃあかんねん!!!!!」と思うんですが。
ここで、休暇というのを「会社の利潤追求」というひとつの<大きな目的>から解放されて、自分のもつ<小さな目的>や<小さな癒し>の世界に(一時的に)戻ってこられる時間だという風に考えてみましょうか。ねえ。だって休みの日に会社のことなんて考えたくないですよね。考えたい人は<大きな目的>と<小さな目的>が一緒になってるだけで別にいいんですが。そう考えるとね、会社が個人の休暇にまで手を伸ばしてくるっつーのはやっぱりおかしいと思うんです。それは、忙しい日本人がどうにか確保している<小さな目的>や<小さな癒し>までもを<大きな目的>に取り込んでしまう行為だと思うからです。
「土日に、考えたくもないのに会社のことばかりを考えてしまって、本当に何も休まらないまま月曜日が来ちゃう」ということはないですかね。これもないならいいんです。ここからはわたしの何の根拠もない予想ですけど、多分ね、毎週の中で<小さな癒し>をうまく持っておけなくなってしまった人って、もはや土日じゃ満足できなくて、仕事のことからしばらく離れられるほどの<大きな癒し>に賭けるようなリズムや心持ちで日々を生きてしまうようになると思うんです。
でもね、人間週5で定時まで働いているとさ、知らず知らずこうなっちゃうと思うんです。だって、人間が本当に土日の休みだけで自分の<小さな目的>や<小さな癒し>を達成できているんだとしたら、どうしてみんなゴールデンウィークにわざわざ大渋滞になると分かって色んなところに出かけるんでしょう?どうしてみんな最終日に涙が出るほど憂鬱な気持ちになってしまうんでしょう?
人はね、<大きな癒し>だけじゃ自分を心身ともに癒しきれないと思うんです。だって、<大きな癒し>の最後には「<大きな癒し>をまたひとつ消費した自分」しか残らないような感覚にされてしまうし、<大きな癒し>のあと、人は次の<大きな癒し>まで会社の<大きな目的>の中をまた息継ぎで泳いでいかないといけないことが、もう分かっているから。そう考えると、ずっと息を止められていたあとの<大きすぎる癒し>ってわたしには必ずしもいいものとは思えなくなってしまうんです。
さて、臨床心理学者の東畑開人さんが自身のもとにやってくる人とのカウンセリングの様子を描いたエッセイ集『心はどこへ消えた?』(文藝春秋)に収録されている「ウヒウヒグマのズババババー」という話では、苦しい気持ちを消すためにリストカットをする女の子とのカウンセリングの中で、「癒し」についてこう語られています。
アルコール依存症がそうであるように、自分を癒すものは、過剰になると自分を支配し、損なうものに変貌してしまう。
このとき、二つの解決策がある。ひとつは複数の小さな癒し方を準備しておくことだ。究極の癒しが一つあるよりも、ちょっとだけ有効な癒しが30個ある方が、ずっと安全だ。もうひとつは彼女がそうしたように、勇気を出して他者に頼ることだ。自分で自分を癒すのではなく、他者に癒してもらう。これを心の中の治療者は忘れやすい。他者は私たちを傷つけることもあるけど、助けてくれるものでもあるのである。
最後にちょっと現実的な話をして終わろうかなと思います。まさにひとつの<大きな癒し>を終えようとしているあなたになにより伝えておきたかったのが、上記の「二つの解決策」です。ひとつめだったら、スマホゲームひとつ新しいの入れてみるでもいいし、通勤のときに読む本買ってみるでもいいし、帰り道ちょっとだけ寄り道してお店探ししてみるでも、いつもよりちょっとだけいいシャンプー買ってみるとか、なんでもいいです。ふたつめなら、ぜひゴールデンウィーク中に会った友だちに改めて連絡してみるとか、卒業以来会ってない大学の友だちを飲みに誘ってみるとか、こっちだって色々ありますね。「そんなのもうやってるよ〜」って?そう言われてしまうならそれでいいんです。だけど、こんな日だからこそこんなことを改めて伝えたかったんです。ぜひぜひ、<大きな目的>に飲まれすぎないように、どうか<小さな癒し>や他者を大事にしながら、一日一日を過ごしてほしいなあと思います。今日のわたしに言えるのはこのくらいですかね…。
はい、こんなところです。今日はわたしもそろそろ寝ます。それじゃあ、おやすみなさい。こんな夜でも、どうかあなたのもとにいい夢が届きますように。またね。