1990年代半ばに完全独自の国産戦車を目指して開発されたが、ドイツMTU製エンジンをコピーしたヒュンダイ製エンジンが採用試験時にフルチューンを施していた為に量産型では耐久性が全く無く、目指していたスペックに+耐久性を得る為に時間がかかり量産納入まで20年かかった。
その為、車体のみライセンス生産で内容が独自のトルコ初の国産戦車が先に配備される事態になった。
砲は西側最強のラインメタル製120mm55口径をヒュンダイがライセンス生産。
結果として純国産ながら実態はドイツのレオパルド2A7の韓国版とも言える内容になった。

当初は輸出契約は取れず、ポーランドは韓国大使館から来たセールスを追い返したが、ウクライナ戦争で多数の戦車をウクライナに供与した穴埋めで急遽採用を決定、さらにライセンス生産も契約。
継いでサウジアラビア等数ヵ国から交渉が来ているという。
左はK1A1。似ているが並べると全く異なる
キットはアカデミー完全自社開発で、合いが良く大変作りやすい佳作キットに仕上がってる。