今どきのガン告知(相方)を振り返って
治療協力
どうも、みなさん、たれまさです。
たいぶ間が空いてしまいましたね。。。
そして、何年がぶりの、お仕事ネタ、です。
この春から、新しい職場(精神科)で働いております。
就労→福祉→医療(イマココ)と、患者さんが辿る道の逆を歩いてきました。
まだまだ、医療業界の独特な雰囲気にはサッパリ慣れず、モノを申すには勇気がいる。
と思いつつ、日々つれづれ感じている
「治療協力」
という言葉。
「患者家族も高齢だから、治療協力を得るのは難しい。」
とか
「患者本人が、まだ自分の病気を受容出来てないから、外来通院を止めてしまうんだよね。」
とか
のような状況な時に使っています。
必要な治療や服薬を理解し、遂行出来ているか、です。
患者さん本人が、辛くて治したい!と思っているなら、医者の言う事も聞いてくれるし、処方した薬も飲んでくれますが
本人に病識がないと難しいものです。
個人的な意見ですが、無理やり治療させるのは難しいし、効果も低いと思う。
いかに納得して貰えるか、疾病教育も大事な仕事の一部だと思います。
ホント、難しいですよね。だって、自分も、ちょっと内臓脂肪の値が健康診断で引っかかって、マズい。。。と思っていたって
欲望に負けて甘いものを、スッパリ断てた事ないし。。。
自分が出来てない行動を、相手にしろっていうのもね~。。。
本当に本当に、当事者が困らなければ、始まらないと思うのです。
厳しいかもしれないけど、何度か同じ過ちを繰り返し、「やっぱ、マズいよね。」と思える日まで
一緒に転ぶしかないよねー。(フリですけどね。援助側なので。)
業界が変わっても、対人援助のフレームワークは同じなんですねぇ。
解っていても、先取りせず、忍耐の一言。(笑)
比較的うまくいった例が、最近ありました。
調子が悪くなると外来に来ていたけど、途切れがちになり、いよいよ入院となった青年に、今度こそ退院後、継続通院出来るようにと思い、病気の説明と、病気の特性上、継続した治療がいかに必要かを、入院中に説明を重ねました。
今まで、この病気、なんだか解らなくて、辛いけど、なぜ?どうして辛いの?何が起こっているの??の疑問が、今回初めて解ったとおっしゃいました。そのあと、改めて、ご自身の病名を受けれ入れられました。
つらい。。辛いよね。その(受容)ステージ。。
その方の、治療協力は少し安定出来たかな、と感じられた一コマでした。
(でも、きっと数年単位で、良くなって来たときに「大丈夫だから(通院)いいか。」ってなる時が、またやってきて、また崩れると予想しているけど。。。(精神科あるある。苦笑)
でも今はまだ、受容の辛さの混乱時期で、時期尚早なので、言わないでおこうと思います。苦笑)
依存症関連の患者さんや、摂食障害の患者さんは、これまた難儀で。。。。
急性期病棟なので、陽性症状がちょっと落ち着いたかな、、、?辺りで、転院となってしまうのですが、どこまで関われるのか、自分の職責はどこまでなのか、、、。
毎回、悩む。
それから、治療協力は家族からも得られるのが理想的ですが、大抵、難しい。
まあ、そうですよね。だから、ここ(精神科急性期病棟)へ辿りついてしまった訳ですもんね。
自分も患者家族側の時が長かったので、あらゆる抵抗感には共感する所がありますね。
それは、また次回の機会に書いてみたいと思います。
(写真は、沖縄の久米島)
転職しました。
どうも、みなさん、たれまさです。
ご無沙汰です。ワタクシ、この4月から転職いたしました。(また?!笑)
大変やりがいのあったジョブコーチ業でしたが、精神保健福祉士も取れたし、新しい知識を得たいと思い、病院のソーシャルワーカーに挑戦する事に致しました。
とか言うと、前向きな表現ですが(苦笑)、業務と給与のバランスの不満が年々募ったというのがホンネです。
人員不足に加え、新しい業務が丸ごと乗っかってきて、給与に見合った非常勤職員らしく続けられるなら、ぜひとも残りたかったですが、苦渋の選択。
ジョブコーチの仕事自体は、障害者と企業の橋渡しは、とても面白く、、、。
また、同じジョブコーチ仲間達も、障害者のために同じ方向を見据えて仕事が出来て、とても良い仲間達でした。
それから、上司も障害者の職業リハビリテーションに関してのスーパーバイズは、どの上司もきちんとしてるし、、。(品も良い方も多いし)
人をきちんと育てる体制(待遇も含め)を作れない組織の管理能力が、残念な部分でした。
実父が亡くなった時、非常勤職員には忌引きがないというのは、心が折れたなー。。。(まあ、それだけではありませんが)
職業相談をしていた時、不満などの後ろ向きな理由での転職は、余り勧めません、と言っていたけど、今回は深く悩みましたね。
65歳で定年退職した先輩ジョブコーチに、退職の挨拶のメールをしたら、すぐに電話が掛かってきました。(長文メールが面倒くさいんですって。笑)
組織の良くない部分や、またしても人手不足にさせてしまった仲間への後ろめたさなどを、深く共感して頂き、「でも、その選択で良かったよ」と後押しをしてくださいました。
ちょっと挨拶と思いメールをしたのですが、凄く救われたな~。(T_T)
お世話になった企業の担当者さんから
「たれまささんの辛口な助言が聞けなくなるのが残念です。」といわれたり。
支援をしてきた絵の上手な方から、味わい深い絵を貰ったり。
色々な思い出がよみがえります。
本当に、毎日毎日が刺激的で勉強になる仕事でした。
医療で修行したら、就労支援に戻りたいな~。
新しい職場は病院。入退院や転院の調整係です。
前職を凌駕する刺激的な毎日。(゜o゜)
そして、中年になっての、異業種転職の辛さ。まるで新卒。苦笑。
そのお話も、またの機会にしたいと思います。
~・~・~・~・~・~・~
以下、頂き物の写真をば。
あけましておめでとうございます。
どうも、みなさん、たれまさです。
大変遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。
今年は、9連休にしてみました。
家族も落ち着き、資格勉強もなく、だらりとのんびり出来ました。
毎日8時間睡眠。
もう中年なのに、寝すぎ、、、。(-_-;)
今年も、恒例の年越しをしました。
なんか、いいよね。毎年同じことするって。
安心安全。
若い頃は、そういうのは、つまらないと思って生きてきたけど
悪くないね~。
毎年同じ写真。苦笑。
近所の神社でお参りして、
途中で箱根駅伝を見ながら伊東へ
恒例、伊東の干物屋「ふじいち」
今年は、ふぐのみりん干し(手前)を追加し、
伊東の漁師メシの「ねごめし」も。
お腹が満たされたら、北川温泉の黒根岩温泉へ。
前は、岩風呂のほうが混浴だったんですけど、完全に男女別に分かれてしまいました。遠くに見ゆるは、あめりか、でなく伊豆大島。
意外に、波しぶきが上がっております。
温泉をハシゴする途中に、伊東の「石舟庵」でオヤツ。
店内に、3テーブルくらい、イートインがあり、お茶が無料で頂けます。
私が食べていたら、続々と、他のお客様も食べていくようになりました。
名実とも、「客寄せパンダ」ですね。
数年前は、お昼の海鮮ご飯で、もう動けないって言っていたハズが、(胃袋が)成長を遂げています。ヒィー(-_-;)
最後は、伊東の銭湯(家族風呂)。銭湯だけど、温泉です。
凄い湯量で、あっという間に湯船が、満タンになるんです。
ホントに、毎年同じ構図。
食べ物の写真だけが、続々と増えていくのでしょうか。。。怖。
今年は、どんな年にしていこうかなー。
健康に留意していこう。うむ、そうしよう。
関連のある方々、今年も宜しくお願いいたします。
実家ワンコ旅立つ
どうも、みなさん、たれまさです。
もう一年以上、更新していませんねぇ。。。(-_-;)
障がい者の支援を生業としています。今もしていますヨ。
毎日、あちらこちらの企業へ、仕事をする障がい者の支援に伺っております。
仕事の話、とんとしていませんね。
先日、実家のかつてミニチュアだったダックスフントが、黄泉の国へ旅立ちました。
父が退職した時に迎え入れ、まもなく16歳というところでした。
溺愛してくれた父は先に旅立っておりますので、あちらで再会出来たことでしょう。
ウチは兄もひきこもり→病死し、ムスメはいつまでも自由を謳歌しまくっており、孫がおりませんでしたので、父のワンコへの溺愛っぷりったら、凄いものでした。苦笑。
その溺愛っぷりを表現するとしたら、まさに”目に入れても痛くない”。
その一言につきる。
毎日モリモリ食べ、朝晩1hの散歩のおかげで、規格外に育ち、骨格も素晴らしくなりました。
火葬場の係りの方に、「リッパなお骨ですね。。。。」としげしげと言われました。
よく食べ、よく寝て、よく出して(失敬)、病気らしい病気もせず、医療費のかからない良犬でした。
ヒトもそうですが、「食べられる」というのは、大事な指針ですね。
心身ともに丈夫でないと食べられない、同時に、食べられるからこそ、心も丈夫。と言えるかなー。
と、思ったけど、そういえば3年前くらいに、後ろ足が麻痺していたんだった。
医師からケージに入れて安静に、と言われたのですが、ケージ慣れしてないワンコだった為、吠え続け、母が「ええい、もう好きにさせよう!」といつも通りの生活をさせておりましたら、なんと、半年くらいしたら、復活!
うーむ。奇跡ですね。
「好きにさせる」に何か意味を感じます。
みらい(ワンコの名前)の思い出は「食」に一言につきます。
とにかく、食べるの大好き。
うちの家系をキッチリ引き継いでいる。(笑)
キライなものはなし。
飼い主があげてしまえば、何でも、いくらでも、食べる。
(で、まあ規格外に育ってしまった訳ですが。。。)
先代のシバ・チャウのmix犬は、繊細な女の子で、食べられない時があり、やせ細ったりしたので、最初は、あまりのヤンチャぶりにびっくり。
「ボク、悪い事なんてしません。」って顔↑してますけど
盗み食いのエピソード多数。苦笑。
・家族が帰ってきたら、柿のヘタが転がっていて、机の上にあった(剥いてない)柿×2つが消えていた。
・母が隣人から差し入れにもらった「たこ焼き8個と、鮭の粕漬け(生)」を、隣人と庭で話している間に、全部(!)食べた。
・母のバッグに入っていた、カロリーメイトを銀のパッケージのまま食べ、非常に本犬(人)としても痛い目にあった。
・私が深夜にひっそりとハーゲンダッツを食べていたら、隣の部屋で寝ていたのに、長い鼻先でドアをドカっと開け、寝ぼけた顔で食べに来た。
etc。。。
キリがないので、やめましょう。笑。
最期の朝も、ゼーゼー息をして、食べられる状態か?という感じでも、朝ごはんを食べ(その後吐いちゃったけど)、そして旅立ったそうです。執念だね、みらい。苦笑。
そう、色々事情があって、最期の一ヶ月くらいは、実家ではないところで預かって頂いていましたが、一人で旅立たずに済んだそうで、良かったです。
(一応、火葬場の祭壇)
と、まあ、ヤンチャなエピソードばかりでは、本犬も不本意でしょう。
別の一面もひとつ。。
大好きな父は途中から、施設に入ってしまい、当時は家族全員入院していたため、(ワタシは実家近くに住んでなかったので)、ペットホテルのようなところに預けられたりしました。みらい(犬)なりに、色々苦労もありました。
あと、不思議なもので、病人が解るんですよね。親ばかなのかもしれませんが、よく、家に居たころの、兄や父を守って吠えたり、寝ている足を舐めたりしてあげてましたね。
一応、番犬のつもりなんでしょうね。犬なりに思いがあるんだと思います。
あちらでも、父と一緒に、沢山食べていることを祈って。(^^)













