医療の現場から-相談員のつれづれブログ -2ページ目

今どきのガン告知(相方)を振り返って

どうも、みなさん、たれまさです。
 
facebookが、「2年前の今日はこんな投稿でした!」と、リマンドをしてくれるんですが、その写真をみて、しみぢみと振り返り、なんとなく記しておこうと思いました。
 
2年前のクリスマス、相方の腎臓に怪しげなモノが見つかって検査入院していました。
 
内視鏡検査後、病室に回診にきた主治医が、
サクっと「ほぼ、悪性腫瘍(がん)ですね。年明けの生体検査で詳しく解るけど、腎臓は2つあるから、さっさと1つ取っちゃいます。」
と前触れもなく結果を告げました。
 
本人も私も、内心「なにーー!!!」となっていたのでしたが、癌の告知って、最近はこんなライトなの??と、情緒型の私はそこがショックでした。。。苦笑。
 
「一番早い手術日はバレンタインね。仮押さえしときます。」と主治医。
 
ということは、ほぼクロなんだろうなぁと、うっすら思っていましたが、年明けの結果を聞くまでは、一抹の願いを捨てきれずにいました。
年明けの結果を1月4日に早々に聞きに行きましたが、やっぱりクロ。
 
結果が出るまでのほうが、しんどいものでしたねぇ。。。しみぢみ。
私の人生、兄も父も母も病人だらけで、相当メンタル鋼鉄になりましたけど、
一番つらかったな~。(泣)
 
運よく、職場に元看護師さんが居て(しかも泌尿科にいたことがある)、膀胱摘出するってアリ?って相談したら、「下手に一部切って散らすより、2つあるから1つ取る説が多い」と教えて下さいました。
気軽にセカンドオピニオンさせて頂いてしまい、恐縮でしたが(オヤツの返礼しましたよん。)、なんと心強かったことか。。。。
有難いタイミングで、良い同僚に恵まれました。
 
その後、バレンタインに腹腔鏡手術(内視鏡で3か所穴を開けるだけなので、体の負担が少ない)にて、腎臓を摘出し、3日後には歩けと言われ、10日後には退院しました。
 
私の中のガン治療は、「ガン=死」、とか「本人には告知しないで」とか、
若干ふるーーーーーいいイメージでしたが、昨今は、告知はサックリされるし、入院期間も超短いものなんですかねぇ?
多分、ガンの状態によると思うので、重い病状の方は、ご本人も家族も、身も心も辛いだろうなあと思います。
(ガン治療は、あまり詳しくないので、軽率な発言になっていたら、ごめんなんさい。)
 
摘出後は、抗がん剤の治療のようなBCG注入療法という療法を5ターム位やります、という事でしたが、一番最初の検査にて、膀胱に転移していまして、再入院し内視鏡でとるという事に相成りました。
 
しかし。しかしですねぇ、相方の場合は、
痛みのない血尿が続き→腎臓が腫れて熱発し→検査入院→腎臓摘出入院→膀胱がん手術→BCG注入療法
と続いて、今に至るのですが、すごく痛いとか、ごっそり毛が抜けるとか、げっそり痩せるとかが無いんです。
今も、良く食べ、良く寝て、良く働いております。(熱発の時だけは、数日間は痛そうだったけど)
 
入院中に発した言葉は、「お腹すいた」>「痛い」だったという。。。
(そりゃ、切ってるから痛いけど、空腹が凌駕するという。。。)
なんか、世のガンと戦う患者さんと比べると。。。。。(以下、略)
しかも、この間、入院を除き、会社もフルタイム勤務のまま。
 
まあ、我慢強いほうだし、なにより、「なんで自分が!!」とか思わず、なすがままに、抗わない性格というのもあるんでしょうか。。
私のイメージするガン患者さんとは、ずいぶん大きく異なっているが
まあ、ヨイ。良いのだ。
 
そして、やっぱり、良く寝て、良く食べられるって、万病に効くんだと、実感しているのでアリマス。
 
相方は、超健康で、健康診断ではメタボがひっかかる位でした。
痛みのない血尿が出て、近隣のクリニックでも大丈夫と言われたので、まあ、平気だろうと思ってしまっていましたが、見つかって良かったです。
病状や予後の健康っぷりを考えると、軽度のほうだったんだと思います。
あと数回のBCG注入療法を行い、5年再発しなければ大丈夫でしょう、と言われておりますが、健康を見直す良い機会になったと思います。
腎臓が1つになったので、塩分を控えるようにしたら、血圧も下がったしね。
 
主治医が、「飲酒や喫煙はやっぱりガンの元ですよ。だって、煙も酒も、喉や肺や腎臓を通過していくでしょ。内臓もこき使われると弱るんだよ」とおっしゃいましたが、なるほどーー。と腑に落ちました。いままで、さんざん、飲酒と喫煙がガンの元と言われてきたけど、そういう意味だったのか、、、。
 
して、facebookがリマインドした、この写真。
このクリスマスツリーは、相方の通院先の病院の入り口に飾られていたもので、2年後の今は、私の通勤先になっているという奇遇。(笑)
 

治療協力

どうも、みなさん、たれまさです。

 

たいぶ間が空いてしまいましたね。。。

そして、何年がぶりの、お仕事ネタ、です。

 

この春から、新しい職場(精神科)で働いております。

就労→福祉→医療(イマココ)と、患者さんが辿る道の逆を歩いてきました。

 

まだまだ、医療業界の独特な雰囲気にはサッパリ慣れず、モノを申すには勇気がいる。

と思いつつ、日々つれづれ感じている

「治療協力」

という言葉。

 

「患者家族も高齢だから、治療協力を得るのは難しい。」

とか

「患者本人が、まだ自分の病気を受容出来てないから、外来通院を止めてしまうんだよね。」

とか

のような状況な時に使っています。

必要な治療や服薬を理解し、遂行出来ているか、です。

 

患者さん本人が、辛くて治したい!と思っているなら、医者の言う事も聞いてくれるし、処方した薬も飲んでくれますが

本人に病識がないと難しいものです。

 

個人的な意見ですが、無理やり治療させるのは難しいし、効果も低いと思う。

いかに納得して貰えるか、疾病教育も大事な仕事の一部だと思います。

 

ホント、難しいですよね。だって、自分も、ちょっと内臓脂肪の値が健康診断で引っかかって、マズい。。。と思っていたって

欲望に負けて甘いものを、スッパリ断てた事ないし。。。

自分が出来てない行動を、相手にしろっていうのもね~。。。

 

本当に本当に、当事者が困らなければ、始まらないと思うのです。

厳しいかもしれないけど、何度か同じ過ちを繰り返し、「やっぱ、マズいよね。」と思える日まで

一緒に転ぶしかないよねー。(フリですけどね。援助側なので。)

 

業界が変わっても、対人援助のフレームワークは同じなんですねぇ。

解っていても、先取りせず、忍耐の一言。(笑)

 

 

比較的うまくいった例が、最近ありました。

調子が悪くなると外来に来ていたけど、途切れがちになり、いよいよ入院となった青年に、今度こそ退院後、継続通院出来るようにと思い、病気の説明と、病気の特性上、継続した治療がいかに必要かを、入院中に説明を重ねました。

今まで、この病気、なんだか解らなくて、辛いけど、なぜ?どうして辛いの?何が起こっているの??の疑問が、今回初めて解ったとおっしゃいました。そのあと、改めて、ご自身の病名を受けれ入れられました。

 

つらい。。辛いよね。その(受容)ステージ。。

 

その方の、治療協力は少し安定出来たかな、と感じられた一コマでした。

 

(でも、きっと数年単位で、良くなって来たときに「大丈夫だから(通院)いいか。」ってなる時が、またやってきて、また崩れると予想しているけど。。。(精神科あるある。苦笑)

でも今はまだ、受容の辛さの混乱時期で、時期尚早なので、言わないでおこうと思います。苦笑)

 

依存症関連の患者さんや、摂食障害の患者さんは、これまた難儀で。。。。

急性期病棟なので、陽性症状がちょっと落ち着いたかな、、、?辺りで、転院となってしまうのですが、どこまで関われるのか、自分の職責はどこまでなのか、、、。

毎回、悩む。

 

それから、治療協力は家族からも得られるのが理想的ですが、大抵、難しい。

まあ、そうですよね。だから、ここ(精神科急性期病棟)へ辿りついてしまった訳ですもんね。

 

自分も患者家族側の時が長かったので、あらゆる抵抗感には共感する所がありますね。

それは、また次回の機会に書いてみたいと思います。

 

(写真は、沖縄の久米島)

 

転職しました。

どうも、みなさん、たれまさです。

 

ご無沙汰です。ワタクシ、この4月から転職いたしました。(また?!笑)

 

 

大変やりがいのあったジョブコーチ業でしたが、精神保健福祉士も取れたし、新しい知識を得たいと思い、病院のソーシャルワーカーに挑戦する事に致しました。

 

 

とか言うと、前向きな表現ですが(苦笑)、業務と給与のバランスの不満が年々募ったというのがホンネです。

 

人員不足に加え、新しい業務が丸ごと乗っかってきて、給与に見合った非常勤職員らしく続けられるなら、ぜひとも残りたかったですが、苦渋の選択。

 

 

 

ジョブコーチの仕事自体は、障害者と企業の橋渡しは、とても面白く、、、。

 

また、同じジョブコーチ仲間達も、障害者のために同じ方向を見据えて仕事が出来て、とても良い仲間達でした。

 

それから、上司も障害者の職業リハビリテーションに関してのスーパーバイズは、どの上司もきちんとしてるし、、。(品も良い方も多いし)

 

人をきちんと育てる体制(待遇も含め)を作れない組織の管理能力が、残念な部分でした。

実父が亡くなった時、非常勤職員には忌引きがないというのは、心が折れたなー。。。(まあ、それだけではありませんが)

 

 

職業相談をしていた時、不満などの後ろ向きな理由での転職は、余り勧めません、と言っていたけど、今回は深く悩みましたね。

 

 

65歳で定年退職した先輩ジョブコーチに、退職の挨拶のメールをしたら、すぐに電話が掛かってきました。(長文メールが面倒くさいんですって。笑)

組織の良くない部分や、またしても人手不足にさせてしまった仲間への後ろめたさなどを、深く共感して頂き、「でも、その選択で良かったよ」と後押しをしてくださいました。

 

ちょっと挨拶と思いメールをしたのですが、凄く救われたな~。(T_T)

 

 

 

お世話になった企業の担当者さんから

「たれまささんの辛口な助言が聞けなくなるのが残念です。」といわれたり。

支援をしてきた絵の上手な方から、味わい深い絵を貰ったり。

色々な思い出がよみがえります。

本当に、毎日毎日が刺激的で勉強になる仕事でした。

 

医療で修行したら、就労支援に戻りたいな~。

 

 

新しい職場は病院。入退院や転院の調整係です。

前職を凌駕する刺激的な毎日。(゜o゜)

そして、中年になっての、異業種転職の辛さ。まるで新卒。苦笑。

そのお話も、またの機会にしたいと思います。

 

~・~・~・~・~・~・~

以下、頂き物の写真をば。

 

おりしも、相方も退職で、お花だらけ。
 

 
頂いた絵。本人の好きな横浜線に
ブルーの服を良く着てたワタシに
カヱル。
何故カヱルかというと、ワタシの携帯のイヤホンジャックに刺さっていたのを覚えていてくれたから。
凄く良く見ていたし、覚えていてくれたんだな~って。(ホロリ)
 
この方は絵も味わい深いのを描くのですが、ちょっとした思春期の方向けの短い小説も、味わい深いものを書くんですよね~。誰か書く機会を下さらないかな。。。
 
 
そして仲間からの寄せ書きと、これまた緑色が好きなワタシへエメラルドグリーンのマグカップ。(さっそく使っています。)
 
 
自分から巣立っておきながら、後ろ髪を引かれますが、その分頑張ろうと思うのです。

あけましておめでとうございます。


どうも、みなさん、たれまさです。

 

大変遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。

 

今年は、9連休にしてみました。

家族も落ち着き、資格勉強もなく、だらりとのんびり出来ました。

毎日8時間睡眠。

もう中年なのに、寝すぎ、、、。(-_-;)

 

今年も、恒例の年越しをしました。

なんか、いいよね。毎年同じことするって。

安心安全。

 

若い頃は、そういうのは、つまらないと思って生きてきたけど

悪くないね~。

 

毎年同じ写真。苦笑。

 

 

近所の神社でお参りして、

 

途中で箱根駅伝を見ながら伊東へ

 

 

恒例、伊東の干物屋「ふじいち」

今年は、ふぐのみりん干し(手前)を追加し、

伊東の漁師メシの「ねごめし」も。

 

 

お腹が満たされたら、北川温泉の黒根岩温泉へ。

前は、岩風呂のほうが混浴だったんですけど、完全に男女別に分かれてしまいました。遠くに見ゆるは、あめりか、でなく伊豆大島。

 

意外に、波しぶきが上がっております。

 

温泉をハシゴする途中に、伊東の「石舟庵」でオヤツ。

店内に、3テーブルくらい、イートインがあり、お茶が無料で頂けます。

私が食べていたら、続々と、他のお客様も食べていくようになりました。

名実とも、「客寄せパンダ」ですね。

 

数年前は、お昼の海鮮ご飯で、もう動けないって言っていたハズが、(胃袋が)成長を遂げています。ヒィー(-_-;)

 

 

最後は、伊東の銭湯(家族風呂)。銭湯だけど、温泉です。

凄い湯量で、あっという間に湯船が、満タンになるんです。

 

 

ホントに、毎年同じ構図。

食べ物の写真だけが、続々と増えていくのでしょうか。。。怖。

 

今年は、どんな年にしていこうかなー。

健康に留意していこう。うむ、そうしよう。

 

関連のある方々、今年も宜しくお願いいたします。

 

実家ワンコ旅立つ

どうも、みなさん、たれまさです。

 

もう一年以上、更新していませんねぇ。。。(-_-;)

 

障がい者の支援を生業としています。今もしていますヨ。

毎日、あちらこちらの企業へ、仕事をする障がい者の支援に伺っております。

仕事の話、とんとしていませんね。

 

 

先日、実家のかつてミニチュアだったダックスフントが、黄泉の国へ旅立ちました。

父が退職した時に迎え入れ、まもなく16歳というところでした。

溺愛してくれた父は先に旅立っておりますので、あちらで再会出来たことでしょう。

 

ウチは兄もひきこもり→病死し、ムスメはいつまでも自由を謳歌しまくっており、孫がおりませんでしたので、父のワンコへの溺愛っぷりったら、凄いものでした。苦笑。

その溺愛っぷりを表現するとしたら、まさに”目に入れても痛くない”。

その一言につきる。

 

毎日モリモリ食べ、朝晩1hの散歩のおかげで、規格外に育ち、骨格も素晴らしくなりました。

火葬場の係りの方に、「リッパなお骨ですね。。。。」としげしげと言われました。

 

よく食べ、よく寝て、よく出して(失敬)、病気らしい病気もせず、医療費のかからない良犬でした。

 

ヒトもそうですが、「食べられる」というのは、大事な指針ですね。

心身ともに丈夫でないと食べられない、同時に、食べられるからこそ、心も丈夫。と言えるかなー。

 

と、思ったけど、そういえば3年前くらいに、後ろ足が麻痺していたんだった。

医師からケージに入れて安静に、と言われたのですが、ケージ慣れしてないワンコだった為、吠え続け、母が「ええい、もう好きにさせよう!」といつも通りの生活をさせておりましたら、なんと、半年くらいしたら、復活!

うーむ。奇跡ですね。

「好きにさせる」に何か意味を感じます。

 

みらい(ワンコの名前)の思い出は「食」に一言につきます。

とにかく、食べるの大好き。

うちの家系をキッチリ引き継いでいる。(笑)

 

キライなものはなし。

飼い主があげてしまえば、何でも、いくらでも、食べる。

(で、まあ規格外に育ってしまった訳ですが。。。)

先代のシバ・チャウのmix犬は、繊細な女の子で、食べられない時があり、やせ細ったりしたので、最初は、あまりのヤンチャぶりにびっくり。

 

 

「ボク、悪い事なんてしません。」って顔↑してますけど

盗み食いのエピソード多数。苦笑。

 

・家族が帰ってきたら、柿のヘタが転がっていて、机の上にあった(剥いてない)柿×2つが消えていた。

・母が隣人から差し入れにもらった「たこ焼き8個と、鮭の粕漬け(生)」を、隣人と庭で話している間に、全部(!)食べた。

・母のバッグに入っていた、カロリーメイトを銀のパッケージのまま食べ、非常に本犬(人)としても痛い目にあった。

・私が深夜にひっそりとハーゲンダッツを食べていたら、隣の部屋で寝ていたのに、長い鼻先でドアをドカっと開け、寝ぼけた顔で食べに来た。

etc。。。

 

キリがないので、やめましょう。笑。

 

最期の朝も、ゼーゼー息をして、食べられる状態か?という感じでも、朝ごはんを食べ(その後吐いちゃったけど)、そして旅立ったそうです。執念だね、みらい。苦笑。

 

そう、色々事情があって、最期の一ヶ月くらいは、実家ではないところで預かって頂いていましたが、一人で旅立たずに済んだそうで、良かったです。

 

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(一応、火葬場の祭壇)

 

と、まあ、ヤンチャなエピソードばかりでは、本犬も不本意でしょう。

 

別の一面もひとつ。。

 

大好きな父は途中から、施設に入ってしまい、当時は家族全員入院していたため、(ワタシは実家近くに住んでなかったので)、ペットホテルのようなところに預けられたりしました。みらい(犬)なりに、色々苦労もありました。

 

あと、不思議なもので、病人が解るんですよね。親ばかなのかもしれませんが、よく、家に居たころの、兄や父を守って吠えたり、寝ている足を舐めたりしてあげてましたね。

一応、番犬のつもりなんでしょうね。犬なりに思いがあるんだと思います。

 

 

あちらでも、父と一緒に、沢山食べていることを祈って。(^^)