延命はどこからなのか。。。 | 医療の現場から-相談員のつれづれブログ

延命はどこからなのか。。。

 

どうも、みなさん、たれまさです。

 

 

ワタクシ事ですが、父が誤嚥性肺炎で入院しました。

主治医から、口から食事の摂取は難しいかも、、、と言われ、

「胃ろう(数ヶ月)か、高栄養点滴(一ヶ月)か、考えておいて下さい」と言われました。

 

ええー。(゜o゜)

 

決められない。そんなのすぐ決められないよ。

 

交通事故で心臓マッサージします?とかいう位、緊急なら「します」って言うと思うんですけど、漫然と選択肢を与えられても。。。(泣)

 

入院した晩もさ、「万が一の際は、どこまで処置します?」と聞かれ、

心臓マッサージ

人口呼吸器

気管内挿管

とか選択をさせられ(被害者的な表現ですいません)、同意書みたいのにサインをさせられる訳です。

 

重い。。。重いよ。

 

まあ、肺炎は1週間くらいで良くなり、返事を先延ばしにしていた、胃ろうの設置等の返事を下さいと医師から、やんわり催促されてますが、いまだ決まらず。。。。

 

色々な人にお話しを聞かせて頂くと、おおむね胃ろうまでしなくても(胃に穴あけて、管つけて、可哀想よ)という意見が多く、私もその意見派でした。

 

しかも、うちは脊髄小脳変性症という、筋肉の衰えのある難病もあるので、すでに

自力歩行は難しく

食事はミキサー食

喉の筋肉も衰え発話も出来ず

な訳ですから、胃ろうを設置して何ヶ月か延命しても、回復が見込める訳でもないし。。。

痰をとるのも、すごい苦しそうで、可哀想だし。。。。

 

と思いつつも、やっぱり「あと一ヶ月です」と言われると、それはそれでショックなもんで、胃ろうして、あと数ヶ月。。。。。とか心変わりしたりしています。

 

元気な頃の父は「延命はしたくない派」でしたので、延命はしなくてもいいのかなーと思うのですが、心の病を再発させ、気弱になっている母は「あと一ヶ月でお父さん死んでしまうなんてムリ」とゴネるし。

 

でも、誰の幸せを一番に考えなくてはいけないのだろうか。。。。

でも、残される人は後が長いから、残される人(母)の意見も尊重すべきか。。。。

 

うぉーーーー。もうすごいストレス。

 

 

胃ろうかなーって気分になり、1週間過ごして、父の肺炎が治り、「うん」だけは言えるので、父に意志の確認をしたら「もう疲れた?」「うん」と言われ、そうか延命(胃ろう)はナシだな、、、とおもった1週間。そしたら看護師さんが聞いたら「もう少し頑張る?」「うん」「胃ろうイヤじゃないですか?」「うん」と言ったそうな。。。

 

むおぉおおー。どっちなんだーーー!!!

 

 

口から食事を摂取出来なくなったら、動物として寿命なのでは?

と思っていたけど、イザ、自分の父親の事になると、判断が鈍るのを実感。。。。

 

兄の時は、正直そんなに仲良くなかったし、最期のほうは、意志なんか解らず、ほぼ植物状態だったので「ムダな治療はしなくていいです」とキッパリ言えたんですが、

 

父はね。相性良かったんだよ。

 

あー。もう疲れたよ。胃ろう決めたら決めたで、施設の移動もしなきゃだし、平日に休めないけど、母はまったく動いてくれないし。

 

誰か、代わりに決めてくれー。(T_T)

何が正解なのー?

 

すさんでます、わたし。ええ、自覚してますけど。

決断出来ないので、仕事に、PSWのレポートに、歯医者にと現実逃避中。

 

あまりにすさんで、出来の悪い後輩に、オブラートに包まずミスを指摘する位さー。(泣)

 

近しい人や、頼もしい年上の友人達に支えられ、表面は何事ないように生活をしていますが、そういう支援がなかったら、駅でぶつかった人とかにも八つ当たりしそうよぅ。。。