文章法によるテレポーテーション | たらればの世界

文章法によるテレポーテーション

昔々のことだ。その頃は――とはいえ、僕が生まれてからの話だから、せいぜい20年も経っていないことではあるのだが――あの角には古い洋館が建っていた。その洋館が建てられたのは大正年間という話だから、おじいちゃんのお父さん、もしくはそのお父さんあたりもまだ生きていたときに建てられたことになるだろう。外見は当時の儘、古ぼけているが、きれいに形をとどめていた。大きな敷地で、その外柵と、窓枠に掛けられた鉄格子の文様からしても、ノスタルジーを感じずにはいられない。

晩秋の一抹の寂しさもさることながら、その洋館の運命というのも、また数奇にしておもしろい。これはすべて、人づてにきいたものだから、いまいち正確さにかけるかもしれない。その洋館を建てた人物の話だ。


(中略)


それは、僕の小さい頃のことだった。その洋館が取り壊されたことは。折しも町は開発に向かい、僕の家の前もずいぶんと土地が整備され、住宅も増えた。その一部として認識している。

その日のことはよく覚えている。とても晴れ日だった。僕は窓から、洋館のあるとおりに向かってトラックが並んで走っていくのをみかけた。


(中略)


そしてその衝撃で、始め、窓が落ちた。文明・文化・歴史、そして誇り。……おばあさんの愛したあの洋館が、技術の進歩という名の暴力で瞬く間に崩れ去るのを、僕は目の当たりにして、芯から熱い涙がこみ上げてくるような無念さ、体を巡る血液の中から滋養だけを抜き去ってしまったような脱力感、うら寂しい、そんな気持ちをかみしめながら、佇んでいたのだった。

おばあさんは、

「よく見ておきなさい、あれを、私の愛した洋館を。私の洋館、私の人生、私の青春、私の私の……。あの部屋、あの2階の部屋。あのとき私がそこで……(中略)……したものだから、あの人は……(中略)……だった。私は、叫び声をあげて、助けを求めたんだ。侯爵様は、壁に掛けてあった銀のサーベルを抜いて、私を……(中略)……、そして、そしてそれを、彼が……(中略)……」

そして、おばあちゃんは僕の手を握り、云った。

(中略)


「こんにちは」

「ああ、こんにちは、今日もいい天気だね」

「なにを云ってるんですか。ここはいつでも、いい天気ですよ」

「ああ、そうだったね」

僕は今、アリゾナにいる。