かさゝぎ
ニキビ
夜中に借りたDVDを見て泣いた。ヒトミが絶賛しているヤツなんて、絶対つまらないと思っていたのに、フツーに感動してしまった。というか、ベタっぽい展開をすこし捻ってつくられたストーリーが、思いのほかセンスよくて、それは使い古されたベタな物語にたいしてのあたらしい提示を見せてくれているように思えたし、古びたモチーフも、すこしのあたらしい光を与えれば、また幾重にもわかれて芽ぐむ若枝なのだということを気づかせてくれた。それに単純な筋書きで満足してしまう易い観客の私たちにたいする作り手の挑戦にも思えた。ありふれて、埃にまみれた純愛に涙しているだけの鑑賞をして思考を停止してはいけないのだ。よろこびは、つねに新鮮で創造的なものでなければ、つねに進化し続けるものでなければいけないと気づかせてくれた。それに、そのストーリーは、あたたかくしあわせな結びで、あからさまに感動を匂わすベタな物語とおなじくらい、私を泣かせてくれた。
泣いたのが悔しい。再生15分くらいしたところで、なかなかよさそうだと思って、お土産で貰ったみかんのお酒をあけた。たぶん、あの甘ずっぱさにほだされて涙腺が緩んだ可能性は十分に考えられる。フツーに素敵な物語を見せられて、フツーに感動してしまった自分を許しがたい。昔はこんなにもろくなかった。だれも見ていないからといって、おいおい泣いたりする易い女ではなかった。それが、ミーハーであることに疑いの余地すら持っていなかったヒトミが、なかば強引に押しつけてきたDVDで泣いてしまうとは……でも、12時を回って、通りの車も静かになった時間に、胸にじんじんしているこの淡い感触を気の迷いと棄ててしまうほど、私は不感症ではない。いまいましい。素直に感動したとか、ほっこりしたとか、陳腐なことばを口にしてしまいそうな自分が恥ずかしい。すごく恥ずかしくて……でも、なんだかいい気分。いままで心の片隅でバカにしてたヒトミのセンスにも、テレパシーで謝っておいた。
家に帰ってすぐにシャワーを浴びていたし、部屋着兼寝間着の姿。だけど、取りだしたディスクをケースにしまいながら、この気分で寝つけるかな?なんて思った。ケータイに手を伸ばして、遅い時間でも話したくなるような相手、いや、むしろベッドに潜り込んだ時間帯からでも甘えられるような相手……は、2か月前にお別れしてしまったことを思いだして、ちょっとがっくりした。
そうだ、どんな素敵な気分でも、いずれはしぼんで、忘れていってしまうのだ。こんな気持ちがずっと続けばいいのにな。そうしたら、きっと、私はだれにでもやさしくしていられるはずなのにな。人間の不完全さの歯がゆさをしみじみ感じながら、さて、寝る前に歯を磨こうか。
鏡の前の歯磨き粉に手を伸ばして驚いた、なんだこれは。腫らした目と、ちらちら鼻から出ている水。つやのない前髪と、ひくい鼻。寝る前だからあたりまえだけど、すっぴんの、なにも隠せていない肌と、指紋でくもったメガネをかけた冴えないオンナの顔。いい歳して、またひたいにニキビが浮いていた。
ヒトミのDVDはマイナーな映画だった。単館上映だろうか、テレビでよく聞くような俳優の名前はほとんどいなかった。だけど、鏡の前にいるこのオンナは、そんな若手の俳優よりも格段に見劣りするイマイチなオンナだった。カワイイお酒を吞んで、泣ける映画を見て、胸を熱く、オトメごごろをふたたびあたためているオンナが、こんなザンネンな顔をしているとは驚きだ。そうなのだ。向き不向きがあるのだ。ぐずぐずになって、愛らしさが滲み出るのはそれなりの顔をしたヤツで、そうでなければ、ただぐずぐずになるだけ。すくなくとも、私みたいなオンナは、夜中に泣けるDVDみてキュンキュンしているのは似合わない。こういうのはもっと透明感のある原宿でスカウトとかされる女子がやることなのだ。そういえば、2か月前のアイツもよく云っていた。猫かわいい「そういうキャラじゃないじゃん」。スイーツ食べたい「太るからやめろよ」。手を繫ぎたい「急に気味悪いよ」。
涙は女の武器であっても、それを使いこなす技量……というか器量が必要なのだ。ナントカとハサミは、ナントカですらない。ピュアが許されるのは美人だけなのだ。それに気づいてしまった。歯磨き粉の味はひどく苦かった。とりあえず、あしたヒトミをふるぼっこだ。
