明後日より、田尾下哲 作『プライヴェート・リハーサル』の舞台が開きます。

病気と訳ありの女優リュシエンヌ・モローのアパルトマンを舞台に、彼女と古い恋人のレエモン・アルノー、そしてたまたま下の階に越してきたポール・ドラクロワが織りなす准恋愛ドラマです。
医師志望だったポールがなぜ俳優をめざしたか、彼の登場によってリュシエンヌとレエモンの関係にどんな変化が訪れるのか、そして、何よりもリュシエンヌは最終的にどうなるのか。

柔らかい噛んで含めるような作品ではありません。
派手な大立ち回りもありません。
しかし、本格的な対話劇として骨太な作品になっています。
噛み応え・見応え十分です。

まだ間に合います、お席はあります。
ぜひともご来場ください。

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さて、私は、「ドラマトゥルグ・修辞」という役割で参加しているのですが、
このあまり見慣れない役割について、またこの戯曲の成立過程について少し書いてみることで、私の役割が何であったのかを確認してみたいと思います。

なぜなら、私自身、この役割がどのようなものか、いま一つ理解していない(笑)
人に訊かれたとき、けっこう困るのです。


「ドラマトゥルグ」はドイツ語辞典では「劇場文芸部」とあり、「リライト・脚色を行う」とあります。また、「修辞」というのは、要するに庭師や園丁のように、多すぎる言葉を削り、より効果的な表現に改めたり、言葉遣いを正すことです。


『プライヴェート・リハーサル』の原稿を最初に私が受け取ったのは、2011年4月に遡ります。
このとき、サガンの『棘』という戯曲の翻案として提示されました。


舞台は三流ホテルの一室です。
原作では時間指定はありませんが、初稿では第1幕第1場は1970年8月5日でした。
2012年3月に第1稿が出来上がるとき、まず時間と登場人物名を変えることになりました。

私が1970年8月から1968年5月にしたのは、それが五月革命という戦後フランスの大きなメルクマールだからです。
ただし、登場人物はこの革命を否定します。
登場人物名も、これは私が好きな作家やシャンソン歌手や画家から組み合わせてつけたもので、下の公演案内に名前が出ているので、当ててみてください。

設定は2013年になってすべて書き下ろしとして改めることになった際に、ホテルからリュシエンヌのアパルトマンに変わりました。
そのほうが、金銭的に自然になるためです。


このあたりはドラマトゥルグとして仕事をしたということになるでしょう。

さて、修辞として私がどれくらい原稿に朱を入れたかというと、
嵐山の紅葉のような様相を呈しました。
そこに嵐吹くらん、という感じです。

例えば、第一稿の第1幕第1場を見てみましょう。

【原作】
エリザベット そこに置いといて。あなた新しい人?
ルシアン ええ、初めてなんですここが。
エリザベット 「初めてなんですここが」いいデクラメーションね。
ルシアン デクラメーション?
エリザベット そうよお芝居の。仕事ですもの耳は確かよ。
ルシアン 仕事って?
(柴田耕太郎訳 http://www.wayaku.jp/book/fra.html)


【初稿】2011年4月
エリザベート 「そこに置いておいて。あなた、新しい人?」
ルシアン 「はい、初めてなんです、ここが。」
エリザベート 「『初めてなんです、ここが』いいデクラメーションね。」
ルシアン 「デクラメーション?」
エリザベート 「そうよ、お芝居の。朗読法のこと。仕事ですもの、耳は確かよ。」
ルシアン 「仕事って?」


並べると、初稿では原作を踏襲しているのが分かります。

【初稿―長屋の朱入れ】2011年4月
エリザベート 「ちょっと、どこでもいいからお盆を置いてくれるかしら。気が散るわ。」
ルシアン 「あ、すみません。」
エリザベート 「あなた、新しい人?」
ルシアン 「はい、初めてなんです、この部屋が。」
エリザベート 「『初めてなんです、この部屋が。』いいデクラメーション ね。」
ルシアン 「デクラメーション?」
エリザベート 「そうよ、お芝居の。朗読法のこと。職業柄、どうしても言い回しが気になっちゃうのね。」
ルシアン 「何のお仕事をなさっているんですか?」


私(長屋)はこの時点で原作を読んでいません。
かえって長くなっています。
冒頭のエリザベートの台詞は彼女の苛立ちを、
また「職業柄」以降は彼女の自負を表そうとしています。
ここではエリザベートの感情指示を加えようとしています。
ただし、長たらしく、理屈っぽい。

【初稿改稿ー田尾下氏による】2011年5月
エリザベート 「(ト 台本から目を離さず)ちょっと、どこでもいいからお盆を置いて下さらない。気が散るわ。」
ルシアン 「あ、すみません。…素敵な写真ですね、これら。」
エリザベート 「(ト 初めて顔を上げて)『素敵な写真ですね、これら。』…あなた、お芝居の心得がおあり?」
ルシアン 「いえ、心得はないですが…」
エリザベート 「(ト 遮って)そう…私の見込み違いかしら。」
ルシアン 「どうして、僕が芝居をしていると思ったんですか?」
エリザベート 「そうね、ちょっと感じるところがあったから。でも、思い過ごしみたい。普段からどうしても人の言い回しが気になっちゃうの、職業病ね。」
ルシアン 「何のお仕事をなさっているんですか?」


田尾下氏の手を経て原稿はさらに長くなりました。
これもまどろっこしさがあります。
ただ、重要な変更は、「この部屋に来たのが初めて」というところから「素敵な写真」に変わることです。
これは舞台装置を見ることで、ルシアンが彼女に関心を示すことを表すことに加え、
動作をつけることができますし、彼女がどういう人物であるのかを暗示することもできます。
つまり、過去の見栄を大事に抱えているということです。
そして、この部屋中の写真、という設定は上演台本でも活きています。

【初稿改稿ー長屋の朱入れ】2011年8月
エリザベート 「(ト 台本から目を離さず)どこでもいいからお盆を置いて下さらない。」
ルシアン 「あ、すみません。……素敵ですね、これらの写真。」
エリザベート 「(ト 初めて顔を上げて)いいデクラメーションね。」
ルシアン 「え?」
エリザベート 「話し方よ。(ト 表情を見て)…あなた、お芝居の心得は?」
ルシアン 「ありません…」
エリザベート 「そう…じゃあ勘違いね。」
ルシアン 「芝居をしていると思ったんですか?」
エリザベート 「ええ、少しよく響いたから。気になさらないで。仕事の癖で、普段から人の言い回しが気になるの。」
ルシアン 「何のお仕事をなさっているんですか?」
エリザベート 「当ててごらんなさい。」
ルシアン 「・・・」


たとえば、「心得がおあり?」「いえ、心得はありませんが」というやりとりで、
「心得」がうるさいので一つは削ります。
そういうマイナーチェンジです。

半年後・・・

【第1稿ー長屋の改稿】2012年2月
エリザベート 「(ト 台本から目を離さず)どこでもいいからお盆を置いてちょうだい。」
ルシアン 「あ、すみません。……素敵ですね、これらの写真。」
エリザベート 「(ト 顔を上げて)いいデクラメーションね。」
ルシアン 「え?」
エリザベート 「話し方よ。少しよく響いたから。気にしないで、仕事の癖なの。」
ルシアン 「何のお仕事をなさっているんですか?」
エリザベート 「当ててごらんなさい。」
ルシアン 「…」



第1稿完成はお任せしてもらい、…ざっくりと一気に削りました。
ようするに反復をすべて削り、、、だいぶすっきりしました。

こうやってみると、ヴァリエーションがよくわかります。
しかし、最終的に、新しく書き直すということになって、この引用場面はすべてカットになりました、うわ~~~~~~~~~~~~~
(ほんの少しだけ第2稿に使われた部分があります。しかし、言われないと分からないくらいに変わっています。)

そして、1年を経た第2稿では次のようになりました。

【第2稿ー長屋による改訂】2013年4月
リュシエンヌ「どなた?」
ポール「下の階の者です。」
リュシエンヌ「間に合ってます。」
ポール 「いえ、押し売りじゃなくて、下の階に越してきた者です。ポール・ドラクロワと申します。」
リュシエンヌ「(ト しぶしぶ立ち上がり、扉にチェーンをかけて開ける)ご用は?」
ポール「あの、うちの浴室から水漏れが…もしかして、そちらで何か水道管か何か…」
リュシエンヌ「間に合ってます。(ト 扉を閉めようとする)
ポール「あ、待って!…ですから、ちょっとでいいんです、見てもらえませんか。」


ここは、ホテルのボーイからアパルトマンの下の住人に変わったポールが
リュシエンヌを訪ねる理由を作るために新しく書かれました。
また、喜劇風に始めようと、騒動をまず作ることにしました。
(ヴェルディのオペラ《ファルスタッフ》冒頭を意識しています。)



「ドラマトゥルグ・修辞」という私の仕事とは、
作者の意図を汲み取った上で、
書かれた台詞の音声情報で何かを説明するのではなく、
登場人物の性格や状況が暗示されるように台詞を作り直すこと、
言葉のリズムを整え、決め台詞をふさわしい位置に置き、
なおかつ自然な会話のやりとりとなること、
一切の偶然や適当な言葉を排除し、伏線を張ってそれを回収し、全体の構造を綿密なものに直す作業だったのだと言えるでしょう。


いったい完成までに何通のメールがやりとりされたかというと、およそ160通あります。
さらに、携帯のメッセージやFacebookでもずっとやりとりがなされたので、結果的には膨大なやりとりの末、現在の形になりました。
恐ろしいことです。
成立過程の研究をしたら、大変なことになりそうです。
よくここまで、と感慨にふけっています。

いや、本番は明後日からなのですが。


というわけで、日暮里d-倉庫でお待ちしております。


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『プライヴェート・リハーサル』
リュシエンヌ・モロー:風花舞
ポール・ドラクロワ:山崎将平
レエモン・アルノー:岩崎雄大

2015年7月23(木)~26日(日)
7月23日(木) 19:00~
7月24日(金) 14:00~/19:00~
7月25日(土) 14:00~/19:00~
7月26日(日) 14:00~
全6公演
上演時間は約2時間
開場は開演30分前

【会場】
日暮里d-倉庫
荒川区東日暮里6-19-7

【チケット】
全席自由
前売り:3500円 大学生以下:2500円
当日:4000円

主催:田尾下哲シアターカンパニー
03-6419-7302
http://noteweb.jp/pr/