11月17日(木)

さあ、いよいよ「みちのく一人旅芸人withせんべえ」の朝。

今日は移動のみ。目的地は一関の宿。
天気予報では昨日の岩手の内陸部は雪とのこと。
大丈夫。こういうことに備え、愛車の四駆のタイヤをスタッドレスにはめ変えておいた。
そして、防寒具もバッチリ準備した。

さらに、さらに、さらに、
被災地域にボランティアとして出向く際の災害派遣等従事車両証明書の取得手続き。
一般の災害派遣とは異なる類のボランティア活動だからと、
ダメもとで申請したところ、なんと承認された。
これで今回の往復の高速道路等の通行料が無料になった。

前回出向いた時、災害復興車両と思われる車をよく見かけたことを思い出す。
しかし今日は、ほとんど見かけない。
必要がなくなったからか。いや、そんなはずはない。

途中、交通事故処理の影響で、首都高速の東京以北がかなり渋滞し、
予定より1時間程度遅く一関インターに到着。

今日の宿「かみくら」は一関インターチェンジより内陸側に向かって約50㎞。
これに約1時間を要した。
宿に至る道が山間に入り、
カーブを重ねるにつれて道の両側の昨日の降雪の跡がヘッドライトに飛び込んでくる。

僕が住む愛知は11月中旬の割には温かいが、目の前にいきなり広がる雪国の光景に、
「はるばる遠くの地にやって来た」という実感が湧いてくる。
そして、残雪を踏みしめて宿の駐車場に立つ。

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今日からの4泊、宿本来の食事をいただく事が出来るのは今夜の1泊だけ。
残りの3泊は復興支援の宿としてセルフスタイルの簡易な食事であったり、
また外食であったりする。
だから、今夜は少し贅沢をさせていただく。
そして早めの就寝。明日に備える。

さあ、始まる。


被災地から戻った直後、東北地方は梅雨入りし、愛知は暑く長い夏を迎えました。
そして9月、秋になったはずだけど、夏同様の暑さの中で、震災後半年を迎えました。
その頃から、再び被災地への再訪問の気持ち、新たな想いの実現に、
一歩でも近付きたいという気持ちが強く湧き始めました

そして、まずは訪問時期の検討。
今からでも無理なくじっくりと調整・計画でき、
冬の寒さ特に積雪を避けられる時期として、
11月中旬の訪問予定としました。

その想いと予定を妻(愛称は「せんべえ」。以下、せんべえ)に告げると、
せんべえはなんと「私も行きたい」と。

前回は、僕一人での「みちのく一人旅芸人」。
一人旅は物事をじっくりと捉える事ができ、自分のペースで計画・実行でき、
そして何よりも被災地でお会いするであろうたくさんの方々、
お一人おひとりと、サシで関わりが出来ます。
自分の生きざまや感性に基づいた関わりが持てます。

前回、一人で行ったことで、自分の行動に自分で責任をもち、
甘えそうな自分を自分で制し、
その結果、得る事が出来たたくさんのふれあい、
そして達成感と焦燥感があります。

もしせんべえあるいは他の誰かと複数で出向いていたら、
たやすいほうに背中を押してもらいたいと思ってしまったかもしれません。
あるいは、僕は黙っていても、動かなくても、誰かが取り持ってくれる。
ついついそんな甘えが出て、自分自身をさらけ出して
被災地の現実と向かい合うことが出来なかったかも知れません。

だから、「一人旅でありたい」とせんべえには伝えました。

ところが、被災地に出向き、
自分の目で被災地の現状を感じたいというせんべえの思いは強く、
そして、「タップリンの荷物持ちでいいから行く」という、せんべえの意思は熱く、
(自分の荷物は自分で持つ。これぞ、大道芸人)
また、せんべえが普段からボランティアとして取り組んでいる絵本の読み聞かせや、
学童保育の指導員�時代に習得した工作でのおもちゃ作りなどの活動が
被災地の子どもたちにも大いに喜ばれると思い、
つまり、笑い・笑顔をさらに引き出せると思い、
『一人旅』でなくなることへのビミョーな気持は拭い切れないまま、
「みちのく二人旅芸人」いや「みちのく一人旅芸人withせんべえ」と相成りました。

さあ、そして、みちのく訪問日の朝を迎えました。
iPhoneからの投稿
被災地の方々のたくさんの笑顔に出会えたという大きな「達成感」。

しかし同時に、子どもが心を閉ざそうとしている現実にも出会いました。
何も感じないようにすることで、みずみずしい感性を閉ざすことで、
辛さを耐えようとする、痛々しい場面でした。
子どもたちは、このどうしようもない現実を耐えるしかないのか・・・。
それは、笑いを引き出す事を生業としている僕にとっては、
大きな「焦燥感」でした。

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「達成感」は、期待にもっと答えたいという想いを産み出し、
「焦燥感」は、もっと行動しなければ、もっと続けなければという、
さらなる熱い想いを産み出しました。

達成感と焦燥感の両方が産み出した、
そして実体験に裏付けされた、「新たな想い」。

第1回目の被災地訪問は、これを自分の中で確認しながら、
みちのくを後にしました。
その車中、僕は、こんな言葉を繰り返していました。

子どもが心を閉ざす 老人が命を削る
 そんなことは僕が許さない
社会が目を伏せていく 過去のものになっていく
 そんなことは僕が許さない


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